第62話 羽山 風舞戦(4)

「今宵今宵は大波乱! まさか新八英が2人も誕生してしまいました!」


「面白い展開になってきたよね。既にトーナメントも大詰め。第6回戦及び準々決勝がいよいよ始まるよね。」


「ここからは全ての試合に実況解説がつきます! 使うリングはなんと1つだけ!」


「この場の全員、そしてテレビ中継を見ているみんなに注目されるね。緊張してしまうかもしれないよね。」


「準備が終了し次第、準々決勝を開始します! しばらくお待ちください!」


 実況解説の声を聞きながら、俺は1組テントで待機していた。1組テントの雰囲気は、かなり微妙だった。新八英が1組から2人も出たことを喜べばいいのだろうが、不登校になっていた羽山がなぜか八英戦に参加していて、なぜか八英になっているこの状況に、みんなどう対応すればいいのか分からない様子だ。


「腹、減ったなぁ。」


 グーグー鳴るお腹を抑えながら、俺は呟いた。時刻は18時。なにか食べないと次の試合まで持たない。


「定気 小優よ。」


「タク! どうしたんだ?」


 振り返ると、そこにはタクが仁王立ちしていた。


「俺を破った記念に、ささやかなプレゼントをくれてやる。」


 そう言って彼は懐から、絶対にそこには入らないであろう大きさの銀トレイを取り出した。上には銀色の半球が被せてある。


「こ、これは!?」


 タクが半球を取ると、そこから熱々の湯気が噴き出した。そしてその中央に鎮座しているのは紛うことなきハンバーグ!


「時間がなかったから簡単なものしか作れなかったがな。だが味は保証する。」


「感謝するぜ。いただきます。」


 タクからの差し入れを平らげ、少しだけ腹を満たした。


「準々決勝、頑張れよ。」


「おう!」


 タクの背中を見送る。あいつはいい奴だ。基本的に飯をくれる奴はいい奴だからな。


「さぁて、準備が整いました! これより準々決勝第1試合を開始したいと思います!」


 お、来たか。いやぁ、楽しみだなぁ。


「準々決勝第1試合、対戦カードはなんと! 新八英2人のマッチアップです!」


 マジか。てことは羽山と戦うのか。


「まず紹介するのはこの生徒! 蝶のように舞い、蜂のように刺す! 空を支配する翼と高い精度の魔法を併せ持つ彼女が、今宵も天を翔けるだろう! 天使・羽山 風舞さん!」


 コールが終わった瞬間、空から凄まじい突風が吹いてきた。誰しもが空を見上げる。すると弾丸のような速度で何者かが飛来し、リングに砂ぼこりをあげて着陸した。誰だ、誰だとざわめく観客。その時、再び吹き荒れた風により、砂ぼこりがかき消える。そこには腰に手を当て胸を張る羽山がいた。


「あれ? なんかクソカッコいい登場してない?」


 俺、あれの後に続くの? トコトコトコーって歩いてリングの中に入るの? え、普通に嫌だ。俺もカッコいい登場したい!


「そして! 彼女と相対するのはこの生徒!」


 マズいマズい。どうしよう。なにかいい感じの演出は……そうだ!


「柔を持って剛を制す! 高い耐久力と変幻自在のスキルコントロール! もはや彼の動向は我々にも予想不可能! 空間支配人・定気 小優くん!」


 俺は地面に手を触れ、〈切除〉で切り離した。そして切り離した地面に〈上下左右・上〉を付与し浮かせる。程よい高さになったところでとうっ! と飛び降り、〈ドゥーン〉で効果音を鳴らしながら着地した。


「久しぶりね。定気 小優。」


「意外だな。俺のことを覚えていたのか。」


「当たり前じゃない。あの時の屈辱は忘れないわよ。」


 あらやだ、根に持つタイプなのね。


「でも、あの時のアタシと同じとは思わないことね。アタシはあれから学校を休んで修行をしてきたのだから!」


「修行!? いったいどこで!?」


「山よ!」


「山で!?」


 なるほど。山育ちは強いとよく言うし、修行場所としては最適なのかもしれない。


「山で修行したアタシは新しいスキルも獲得したわ。今のアタシは、まさに天使と呼ばれるに相応しい存在なのよ!」


「あ、そうそうそれ。なんか俺達さっき八英になったのにもう二つ名とかついてるんだな。なんだよ天使って。ガー◯スキルでも使うのか?」


「あんたそれ何年前のアニメよ……。二つ名ってそういうもんじゃないでしょ。もっとフワッとしたものなのよ。」


 フワッとしたものかぁ。うーん、それでいいのかなぁ?


「さて、アイスブレイクはここまでにしましょう。アタシはあんたに勝って、あの白市にも勝って……最後には勇者を、自分の手で乗り越えてみせるの! だからここで負けるつもりはさらさらないから!」


「そいつはこっちのセリフだぜ。奏明を倒すのは俺だ!」


 激しい睨み合い。ここからは真剣勝負だ。試合開始のファンファーレが鳴れば、速攻でケリをつけてやる。だが油断は禁物。強い強いと言われていたあの江津が敗北したんだ。羽山は本当に強くなっているのだろう。


「参考までに俺の戦闘力を教えてやる。俺の戦闘力は6001だ。」


 どうだ、ビビったか?


「6001? 確かに高いわね。もしかしたら手も足も出ないかもしれないわ。」


 やはりそうか。いくら山で修行したとしても魔王の力を失った羽山なんて――。


「以前までのアタシなら……ね。今のアタシの戦闘力は、8457。あんたよりずっと高いわ。」


 クソが! また格上との対戦かよ! そもそも次期八英候補とか言われた国寺が7000弱なのにそれを上回ってくるんじゃねぇ! ひょっとしてまだ魔王に取り憑かれてるんじゃないのか!?


「フフン、ビビらせてしまったなら謝罪するわ。さて、戦いを始めましょう! ファンファーレを鳴らしなさい!」


 意気揚々と宣言をする羽山。しかしそれに返ってきたのは意外なアナウンスだった。


「ピンポンパンポーン。両者、係員から蘇生リングを受け取って着用してください。」


 あ、すっかり忘れてた。

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