第61話 杏・トナー・タク戦(2)
マズい。非常にマズい。手を失った。この試合中、もう〈切除〉は使えない。
判断を誤った。下手に応戦しようとせず、速攻〈切除〉で浮かせればよかったんだ。強力な遠隔攻撃が来たから焦ったんだ。
「まだやるか?」
「当たり前だ!」
俺はタクの腹に蹴りを入れた。なんとか浮かせることができれば〈上下左右〉で飛ばせる。こうなったら肉弾戦で浮かせようと思ったのだ。が……。
「弱いな。」
「ッ!?」
ビクともしない。圧倒的なステータス差。当然だ。俺はHP特化型。攻撃力はほとんどない。毎日筋トレはしているが、ステータス差をひっくり返すほどの筋肉はない。
「〈
「ぐわあああああああ!」
通算3回目の直撃微塵切り。足から急激に力が失われる。どこかマズいところを切られたのだと、理解した。
「お前、本当に人間か? 3回も受けて死なんとはな。底知れぬ男だ。」
そう言ってタクは包丁を再び振りかざす。手を失い、足は動かない。その状態で俺にできることは考えることだけだ。考えろ、考えろ! なにか、なにかないのか!?
「〈
俺は力を振り絞り、足を上げて防御の姿勢を取る。直後、斬撃が俺を襲った。右足と靴がズタズタに引き裂かれ、血が噴水のように吹き出す。
「ふ、ぐ、ううう……。」
手は失い、足は走れぬほどにズタズタ。対して相手は傷ひとつない。誰が見ても絶望的な状況。だが俺は笑っていた。
「待っていたぜ。この時を!」
「なんだッ!?」
俺は血だらけの右足を振りかざし、タクに蹴りを入れようとする。その瞬間、俺は〈ドゥーン〉を使った。
ドゥーンという重苦しい音が響く。タクはドゥーンを初見だ。そうでなくとも体は動く。瞬間的に、タクは俺の足を包丁で受け止めた。
「切り返してやる!」
右足の、靴が引き裂かれて露出した部分が包丁に受け止められ、包丁に肉を食い込ませている。あまりの痛みに顔をしかめる。だが、それでいい。この状況を狙っていたんだ!
「〈切除〉ォ!」
亀裂が走った。タクの持つ包丁に。そしてそれはすぐに全体に広がり、タクの包丁は切り刻まれた。
「なんだと!?」
〈切除〉は触れた物体を切除するスキルだ。つまり、触れさえすればいいのだ。わざわざ手である必要はない。ただしおそらく、発動条件を満たすには、間接的ではなく直接的に触れなくてはならない。つまり靴の中から地面に〈切除〉を使うことはできないのだ。
「タクの斬撃は、包丁がないと使えないんだろ? スキルの発動条件を見抜いて対策する。それも戦法の1つだぜ。」
「おのれ!」
包丁を失ったタクは拳を握りしめて、ボディブローを喰らわせてきた。だが、俺は吹き飛ばされることなくそれを耐える。
「この距離なら、発動のラグタイムはない。そして武器を失ったお前は、地面にしがみつく術を持たない!」
タクの斬撃によって右足の靴は破れ、一部は露出して地面についている。発動条件は満たした。
「〈切除〉!」
タクの足元が隆起し、タクは弾き出されて一瞬宙に浮く。その瞬間、〈上下左右・右〉は自由落下状態のタクを右方向へ誘う。
「……そうか。」
タクはなにかを呟くと、静かに目を瞑った。そしてそのまま右方向へ飛ばされ、リングの外へ出た。
「第5回戦第2リング、勝者、定気 小優。」
アナウンスが聞こえた瞬間、凄まじい歓声が聞こえた。見ると、1組のみんなが俺に手を振っている。それだけじゃない。他の組のみんなも、俺を注目している。
「そうか。俺、八英に勝ったんだ。」
自分でそう呟いた。すると徐々に実感が湧いてくる。痛みはとうに消え、あるのは満足感だった。八英に勝った。そして俺は八英になった。すごいことだ。とんでもないことだ。俺はやっぱり天才だ。みんなが俺を認めてくれている!
「定気小優。」
振り返ると、そこにはタクがいた。タクは傷1つなくそこに立っている。
「祝福しよう。新たなる八英よ。貴様に栄光があらんことを。」
そう言ってタクは握手を求めてくる。
「俺、手ないんだけど。」
「おっとそうだった。痛みも酷いだろう。早々にメアリー婦人に診てもらうといい。歩けるか?」
「あぁ……ちょっとずつならなんとか。」
とは言ったものの、多分腱とか切られてるので足も思うように動かない。ていうか、欠損血だらけの俺と傷1つないタクって、どっちが勝者か分かんないな。正直場外負けがなかったら負けてたのは絶対俺だったし、案外運の要素もあったのかもしれない。
俺が足を踏み出した、その時。どよめきが起こった。どうやら隣のリングの決着がついたらしい。
「な、な、な、なんということだァ〜ッ! 八英最有力候補、江津 虎穴くんがまさかまさかの敗北! とんでもない大番狂わせだァーッ!」
そちらの方向に目をやると、そこには地面に突っ伏した江津の姿があった。そして江津に勝利したその女生徒は、大きな翼を広げながら四肢を地面について、喜びに体を震わせていた。
「新しい誕生祝いよッ!」
俺は知ってる。その生徒を。かつて俺と相対し、そして不登校になっていた彼女を。
「ここに新八英が誕生だァーッ! 皆さん、絶大な拍手を彼女にどうぞ!」
モニターにでかでかと表示される彼女。その名は――。
「新八英、羽山 風舞……。」
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