第60話 杏・トナー・タク戦(1)

「第5回戦を勝った者は、新たな八英となることができます。現在の八英は全員残っていますね。」


「惜しくも国寺選手は破れてしまったけど、江津選手はまだ残ってるね。多分、彼が新しい八英となるだろうね。」


「そして八英の皆様にとってはここからが本番です。八英ランキングの更新もあり得ますからね。ここからは1戦足りとも目が離せません!」


 実況解説の声を聞きながら、俺は1組の控えテントで休んでいた。


「すごいな定気。あの国寺に勝つなんて。」


「さすがワイ将の見込んだ男やで。このままいけば、1組が八英の半分を担う未来もあるで!」


 奏明、白市は当然として、俺と江津が八英になれば、八英の半分が1組ってことになる。それ普通にヤバいな。


「それでは、第5回戦を始めます。呼ばれた生徒は準備をしてください。」


 どうやらもう始まるようだ。残り人数が少ないからパッパと進んでしまう。


「第5回戦第2試合、1年6組 杏・トナー・タク対1年1組 定気 小優。第2リングで試合を行います。」


 どうやら、俺の相手はタクらしい。タクは国寺と違って本物の八英だ。きっとめちゃくちゃ強いのだろう。しかし、タクに勝てば俺は八英になることができる。


「行ってくるぜ。」


 1組のみんなの声援を受けながら、俺はリングに向かった。


 いつものように指輪を装着しリングに入ると、そこには見慣れた格好をする男がいた。


「……来たか。」


「タク……。」


「言葉は不要だ。貴様の言いたいことなど分かっている。」


「タクって弱点とかないの?」


「前言撤回だ、クズめ。」


 小粋なジョークだってのに。


「俺はまだ八英だ。負けるつもりなどさらさらない。」


「俺もないよ。勝ちたい相手がいるんだ。」


「そうか。互いに負けられぬ想いがあるということか。」


 タクは手に持っていた包丁を鞘から抜いた。


「参考までに教えておこう。俺の戦闘力は7680だ。もっとも、八英の中では1番低いがね。」


 俺より1679も高いのかよ。勝てるかなこれ。


「第5回戦第2試合、準備が整いました。これより試合を開始してください。」


 アナウンスと共に、ファンファーレが鳴った。


「〈上下左右・右〉」


 まずは安定。タクに〈右〉を付与。そして――。


「〈微塵切アッシェり〉」


 俺の体に、無尽の斬撃が走った。


「うぐ……!」


 血が溢れる。思わず膝をつく。痛い。なにをされたか分からない。距離はあった。斬撃を飛ばせるのか?


「これくらいで死んでくれるなよ。〈穴開ピケけ〉」


 タクが空中に指をちょこんと突くと、俺の腹がえぐれ、穴が開いた。


「ぐ……うわあああああ!」


 痛い。痛い。圧倒的な痛さ。ダメージも相当なものだ。さっき国寺からもらった一撃と同等。ダメージにして約1000ダメージ。100回も喰らえば俺は負ける!


「う、うおおおお!」


 俺は痛みに耐えながら、剣を持って走り出した。


「心意気やよし。〈糖衣掛グラサージュけ〉」


 だが、次の瞬間俺の体がネチョネチョした液体に覆われた。気持ち悪さもあるが、その液体は徐々に固まってきたため動きが鈍る。


「直撃の〈微塵切アッシェり〉を喰らわせてやろう。サイコロステーキでは済まんぞ。」


 タクは走り出した。対する俺は動きが完全に鈍っている。回避はできない。ならば――。


「〈切除〉!」


 俺は頑張って地面に手をついて、〈切除〉を発動させた。俺の足元はせり上がり、即席高台に早変わりだ。


「距離を取ったところで無駄だ。〈細切ジュリエンヌり〉」


 即席高台が一瞬で縦に切り刻まれ崩壊する。


「〈微塵切アッシェり〉」


 落下する俺に、タクは包丁を振りかざした。俺の体に深い切り傷がいくつも開き、そこから鮮血がとめどなく出てくる。それらを知覚した瞬間、痛みが襲ってきた。


「ほう、まだ耐えるか。並のモンスターであれば死ぬ威力で放ったが。」


 俺は地面に手をつく。そして〈切除〉を――。


「〈微塵切アッシェり〉」


 再び斬撃が俺を襲う。頭、頬、首、両腕、腹、ふくらはぎ、足先。その全てがいくつもの斬撃で切り刻まれ、血を流す。


「……死なんか。妙だな。直撃であれば1万ダメージは出るはずだが。防御力が高いわけではないようだしな。スキルか?」


 マズイな。1万ダメージ出るならあと8回喰らったら死ぬじゃねぇか。八英ともなると火力も段違いだ。


「攻撃は通っている。傷は致命傷だ。だがなぜ倒れん? なぜ死なん? 極端にHPの高いモンスターと戦っているような気分だ。」


 俺は膝をついた。ダメージが大きかったから膝をついたのではない。自然と地面に手をつくために、膝をついたのだ。タクが油断しているところを狙って……。


「そうは行かんぞ。〈穴開ピケけ〉」


 タクが僅かに手を動かした瞬間、俺の両手に風穴が開く。だがそれだけには留まらない。次々と手に穴が開いていき、最後には特別大きくえぐり取った。痛みと血で目が霞む中、見えたのは手首から先が消滅して手であった。


「貴様のスキルの発動には手が必要と見た。だから手を奪う。」


 HPが高いというのは、死ににくくなるというだけだ。別に攻撃を無効化することができるわけじゃない。失った手を再生させることもできない。


「スキルの発動に必要な条件を見抜き、それを対策するのも戦法の1つだ。さて、貴様の手札はこれだけか?」



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