第52話 粉末型経験値
「俺の名前は
いや見ても分かんねぇよ。どこ出身だよその名前。
「ていうかタクってもしかして、八英のタクか? 確か、狂気の料理人って二つ名の。」
「……そうだ。だがそんなことはどうでもいい。侵入者よ。まずは名を名乗れ。」
あぁ、そういやまだ名乗ってなかったか。
「俺は1年1組の定気 小優。気軽に下の名前で呼んでもらって構わないぜ。」
「気色悪い。掃除していない排水口のようにな。」
さっきからたまにやる料理人っぽい例えなんなの?
「定気とやらよ。その料理は明日、俺が6組の生徒に振る舞うものだ。故に荒らすことは許さん。」
「振る舞う? タクって他人に料理を振る舞うこと絶対なんてしなさそうな顔なのに。不思議だね。」
「他人を顔で判断するか。浅はかだな。カップ麺至上主義の若者よりも浅はかな思考だ。」
カップ麺至上主義の若者よりも浅はか!? それは、ちょっと自分の考え方を見直してみようかなぁ。
「俺は毎週食事会を開き、その度に6組の奴らを満足させてきた。次の食事会は明日だ。今日の夜には仕込みを済ませていなくてはならない。悪いが、今日は帰ってくれないか?」
毎週食事会かぁ。いいなぁ。俺も参加したいけど、それって6組の生徒だけだよね。クッソ~、入学時に6組に転入されていれば参加できたのに。
「なぁ、それ俺も参加していい?」
「なんで6組の食事会に1組の奴が来るんだ。」
「そっすよね~。」
やっぱりダメかぁ。ちぇっ。仕方ない。諦めるか。
「分かったら早く帰るんだな。もう外は真っ暗だろう。」
そう言いながらタク自身は調理を続ける。どうしてこいつは他人のためにここまで頑張るのだろうか。
「む……おかしいな。」
タクは冷蔵庫を何度も開け閉めして、それから辺りを見渡す。なにかを探しているようだ。
「なにしてんの?」
「ないのだ。材料が……。」
「材料って?」
「経験値……。」
け、経験値?
「経験値は極上の調味料だ。あれがないと美味い料理は作れない。クソッ、冷蔵庫に保管していたと思ったのだが。もしや誰かが誤って使ってしまったのか?」
タクの顔には冷や汗が垂れている。結構焦っているようだ。
「まずいな。かなりまずい。今から経験値を買うことは不可能……。しかし……。」
「いや、そもそも経験値ってモンスター倒した時とかに出るあの光る球だよな。あれ料理に使うの?」
「料理に使うのはそれをさらに凝縮した粉末型経験値だ。鼻から吸えばどんな薬物よりも飛べるとされている至高の物質。ネットで買えば10グラム20万円は下らない。」
10グラム20万円!? 鼻から吸えばどんな薬物よりも飛べる!?
「完全に違法ドラッグじゃん!」
「……? そもそも経験値は販売すること次第が違法だが?」
じゃあ余計にダメだよ。お前さっきネットで買ったとか言ってなかったか!?
「しかし弱ったな。経験値がないとなると、他の材料でなんとかするしかない。今ある材料で最大限美味いものを作る。それが俺のモットーだ。」
経験値……経験値か。こんな夜にそんな物を売ってる店なんてないよなぁ。そう思った矢先、俺に電流が走る。
「そうだ! タク、今金は持ってるか?」
「あぁ、あるが。どうした?」
「経験値を売ってくれそうな闇商人を知ってるんだよ!」
俺はタクを連れて急いで旧校舎の裏手に回った。
「ここにいるはずだ! 不審者が!」
「不審者?」
雑草だらけ、時々物置。放置された自転車に、謎の機械。スラムみたいな旧校舎の裏手では、その男が座っていた。
「おぅ~やこんばんは。定気くんじゃあないですかぁ。」
「いたな! エックス!」
「ッ!? こいつは……不審者!?」
「不審者ぁ? そぅれはこわいこわぁい。」
「お前のことだ! 貴様、こんな時間になにをやっている! しかもそんな変な格好をしやがって!」
「そぅちらもなかなか変な格好でぇは?」
変人同士なら仲良くできるかもと思ったけど全然そんなことはなかった。とりあえず、俺はタクにエックスのことを紹介した。
「つまり正体不明の不審者ってことか? そんな奴が学園にいて大丈夫なのか?」
「大丈夫なんじゃない? 知らんけど。」
まぁ別にただ商売してるだけだし。いざとなったら先生や風紀委員会がなんとかしてくれるだろうし。
「そぅれで、わぁたしになにか用でぇすか?」
「あ、そうそう。エックスって経験値売ってたりしない?」
「売ってまぁす。」
「はぁ!? マジかよ! とんでもない犯罪者じゃないか!」
売る方が犯罪者なら買う方も犯罪者だよ!
「粉末型経験値なら、10グラム4万円でぇす。」
「ちょちょ、ちょっと待てお前今なんつった? 10グラム4万円? 市場の1/5の値段じゃねぇか!」
「お求めやすくてぇ、いいでしょーう。」
「こいつイカれてやがる! 市場価格を破壊するつもりかよ。」
「では買わないと?」
「100グラムくれ。」
「ンフ、まぁいどありぃ。」
トントン拍子に話は進み、タクはエックスから白い粉を入手した。
「これがあれば当分は困らないな。よし、早速調理を再開するか。」
「ンフ、ンフフ、今後ともご贔屓にお願いしますよ。八英様……。」
なんだか怪しい取引現場みたいだ。いたたまれない。
「俺は家庭科室に戻るが……定気、お前は帰れよ。もう遅いんだ。早く寝ないと茹ですぎたほうれん草みたいになるぜ。」
それは嫌だな。確かにもう暗いし、俺は帰ろうかなぁ。
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