第4章 八英編

第51話 旧校舎の幽霊

「胸とおっぱいって同じ物を表す単語だけどさ、胸って名前よりおっぱいって名前の方が大きく感じないか?」


「……確かに!」


 こいつの名前は佐山 サトシ。いわゆる残念イケメンってヤツだ。既に入学してから3回付き合って3回振られている。


「しかし胸とおっぱいには互換性がある。どちらがよりよいかなんて決められるものではない。定気もそう思うだろう?」


「思う! 思うぜ。激しくな。」


「俺も思う。激しく思う。ところで今から下らない話していいか?」


 今までの話も結構下らなかったぞ。


「実はな、この旧校舎にはな、出るんだよ。」


「出る? 出るってなにが?」


「幽霊だよ。」


 ゆ、ゆゆ、幽霊!?


「放課後、誰もが校舎から去った後、旧校舎の家庭科室から音が聞こえるんだ。カツン、カツンって音がな。」


「そ、そそ、それで!?」


「中を覗くと、そこには血に濡れた男がいるんだ。そいつはまな板に包丁を振り下ろしてなにかを切っている。なにを切っていると思う? 人間だよ……!」


「ひ、ひぇえ~ッ!?」


「定気、佐山! 授業中に教室の右端と左端で会話をするなァッ!!!」


 先生に怒られてしまった俺達は廊下に立たされてしまった。トホホ~、こんなのってないよ~。


 こうして授業が終わると、俺と佐山は反省文を書かされて放課後となる。もちろん俺はいつものように訓練場で筋トレをしながら擬似モンスターと戦闘をしていた。


 しかし疲れからか、不幸にも教室にスマホを忘れてきてしまったことに気づく。時刻は既に20時。外は暗い。なんだか幽霊でも出そうな雰囲気だなぁと思いながら俺は旧校舎へと戻った。


「スマホスマホ~、おっ、あった。これがないと家に帰ったら暇だもんなぁ。忘れるなんてうっかりしてたぜ。」


 誰もいない教室でそんなことを呟きながら、俺はスマホをポケットに入れ、教室から出ようと1歩踏み出す。


 その瞬間、カツーンという高い音が辺りに響いた。俺は思わず驚いて肩をビクつかせてしまう。音はそんな俺に構わず、カツン、カツンと響き続ける。


「も、もしかして、佐山の言っていた家庭科室の幽霊……?」


 おそるおそる音の方向へ向かうと、行き着いたのは家庭科室だった。確かにこの中から音がしている。しかも、なんと電気がついている。誰かいるんだ。


「幽霊か? いや、幽霊だったら電気はつけないはず。だとしたら人間? なんでこんな時間に――。」


 俺が家庭科室の扉に手をかけたその瞬間! 家庭科室の扉を長い包丁が貫通して飛び出してきた! それは俺の頬を掠める。


「ひいッ!?」


 包丁は扉をネットリと切るように下がっていく。そしてその扉にできた隙間から不気味な顔がこちらを覗いていた。


「タチサレ……!」


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!」


 深淵を覗く時、深淵もまたこちらをwatching.


「た、助けてぇぇぇ!」


 助けを呼ぶが誰もこない。それもそのはず、俺はすっかり腰が抜けて情けない声しか出なかったのだ。しかしそんな俺の敏感な鼻は、この状況に似つかわしくない匂いを嗅ぎとった。


「ん……? これは、肉……?」


 美味そうな肉の匂いだ。いや、家庭科室なんだから肉の匂いがしていてもおかしくはないのだが、それは家庭科の授業をしている時だけの話だ。


「まさか幽霊が人肉を使って料理をしている噂が本当だったとは……!」


「誰が幽霊だ。」


 家庭科室の扉が蹴破られ、中から男子生徒が現れる。そいつは普通の制服に白いエプロン、コック帽といった奇抜な服装をしていた。


「なにそれキャラ付け? 露骨なヤツは普通に見ててイタいだけだよ。」


「貴様、今の状況が分かっているのか? 邪魔だ。とっとと他所へいけ。」


「マジ!? 料理見ていっていいの? サンキュー。」


「おいこら待てこの野郎。」


 家庭科室に入ろうとしたら謎の男子生徒に襟首を掴まれてしまった。見た目からは想像できないほど力が強い。無理に抵抗すれば制服が引き裂かれてしまうだろう。


「貴様、なぜここに来た? 目的を言え。」


「えっ? 忘れ物取りに来たらカツンカツンって音がしたから見に来ただけだけど?」


「ならばとっととどこかへ行け。俺は忙しいんだ。」


「なら離してよ、手。」


 俺は謎の男子生徒にポイッと投げ捨てられる。なかなか乱暴なことするなぁ。


「じゃあお邪魔しまーす。」


「貴様ァァァァァッ!!!」


 家庭科室の中に入ると、そこは先ほどまで調理をしていたようであった。深い鍋に肉が入って煮込まれていたり、できたばかりと思われる料理が皿に盛られていたのだ。


「美味そ~! これ全部食っていいのか?  マジ感謝! いただきま――。」


「貴様、料理に1口でも触れてみろ。貴様の皮膚を魚の鱗を取るようにコリコリコリコリコォーリコリと剥ぎ取ってくれよう。」


 けっ、冗談の通じない奴だ。絶対友達いないぜこいつ。よく見たら顔もシワが深くて頑固そうだし。


「ま、そうかっかしないでよ。でさ、これっていったいなにをやってるんだ?」


「見れば分かるだろう。料理だ。」


 料理……料理っすかぁ。夜の8時に学校でぇ……? もしかしなくてもワケアリだったりしますぅ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る