第48話 裏切り

「18億6000万払いだ。」


「……は?」


 なにが起こっているのか分からなかった。サイコロの目はヒフミ。2倍払いだ。なにが、どうして……。


「定気 小優、借金26億400万円。払ってもらうぞ。しっかりと。」


 いや、違う、あり得ない。なにが、どうして……そもそもなんでこいつ、俺の下の名前を知って……?


「まさかまだ気づかないのか? 憐れだな。教えてやるといい、不定ちゃん。」


 彼女は、俺の後ろに座っていた彼女は、回り込んで俺の目の前に来ると邪悪な笑みを浮かべて言った。


「あはは、陰キャくんは騙されたんだよー。」


 騙、された……?


「普通に考えて、こんなオイシイ話あるわけないじゃん。全部初めからこうするつもりだったの。つまり全ては計画通りってこと。」


 まさか、いや、おかしい、違うはず、違う、違うんだ。どうして……俺は騙されたのか……?


「理由が知りたい? ボクが君を騙した理由が? 教えてあげるよ。それはね、モテたいからだよ。」


 不定ちゃんが再三言っていた言葉。モテたいという、ある種当たり前の欲求。それは人が寝たり飯を食べたいと思うのと同じくらい本能的な欲求であり、誰しも持っている欲求。


「モテるためにはお金が必要なんだ。だから君には借金をしてもらうよ。」


「言っておくが、違法だからといって逃れられるとは思わないことだな。ここは私の地下遊戯施設。この場で借金をした者は借金から逃れられない運命にあるのだ。」


「と、いうことで、陰キャくんには26億400万円をなにがなんでも返してもらいまーす。とりあえず10年くらいカニ漁行こっか? もちろん学園は退学ねー。」


 たい……がく……? 俺が? 借金……なんかで?


「どうして……どうしてこんな酷いことを……。」


「酷い? 酷いのはお前の頭だ。まさか自分だけが甘い汁をなんの代償も支払わずに啜れるとでも思っていたのか? 笑わせるなッ! このクズが!」


 下沢の蹴りが俺の腹をえぐり、数メートルほど吹き飛ばされて壁に激突した。


「バカがよ。大バカがよ。私はお前のようなバカを何人も退学に追い込んできたから分かるぞ。お前はどうしようもないバカだとな。ゴミ、バカ、クズ、無能、社会の底辺! 足りない頭を少しでも働かせればこんな結末にはならなかったんだ! 自業自得! 全ては貴様の自業自得!」


 腹の痛みで体が動かない。大魔王との契約で強化されているというのに、俺は弱者のようにうずくまることしかできない。これが上級生の力とでもいうのか。


「分かるか? 弱肉強食なんだよ。騙される方が悪いんだよ。下半身でしか物を考えられぬゲスにはお似合いの末路だ。払え。さぁ払え! 貴様の借金、負債! その全てを! もはや貴様の所持品はなにひとつ残されていないと思え!」


 ボコスカと蹴りを入れられる。痛い。体も痛いが、なにより痛いのは心だ。いくらステータスが上がって超人的な力を手に入れても、俺はダメな奴なのだと思い知らされているようだった。


「臓器も、その人生も! 全て私のものだ! 私のために使う! もはや生涯太陽を拝めないと思え!」


 俺は、俺はダメな奴だった。ダメな奴だったんだ。いくら他人に頼って強くなっても、なにも変わっちゃいかなかった。無理だったんだ。俺は初めから、天才なんかじゃ……。


「どうしたどうした!? 泣いているのか? 泣いてもママはここにはいないぞ! さぁどうする!? まだチンチロを続けるか? こっちにはスキルでサイコロの出目を操作できる不定ちゃんがついている。勝ち目など万にひとつもないぞ!」


「そういうことだから。ごめんね陰キャくん。」


 俺は、情けないような、悲しいような、苦しいような、そんな感情がごちゃ混ぜになってしまった。心を絞ったような声が勝手に口から出ていて、体は勝手に逃げ出していた。


「無駄だ! 貴様はチェスや将棋で言う、チェックメイトにハマったのだ!」


 しかしドゥーンという音が鳴ればたちまち体は床に押さえつけられ動かなくなる。上級生の手にかかれば、俺なんて簡単に無力化される。


「う、う、ああ……。」


「ミジンコが。まだ逃げるつもりか。おのれの愚かさにまだ目を背けるというのか。ならば絶対的な恐怖をもって、思い知らせてやる。」


 そう言うと下沢はガパリと口を開いた。なにをするのかと身構えていると、下沢の口の中からゴキブリのような黒い光沢を放つ虫が這い出てきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る