第42話 風紀委員会

「ということがありまして……。」


 俺はその場の全員に、これまでの経緯を話した。金欠で、金欲しさにやったこと。そして俺を騙した女の特徴を余すことなく伝えた。


 俺の話を聞いた堅山先輩は開口一番こう言った。


「バカだ! バカがいる!」


「誰がバカですか!」


「お前だよ! なんでそんな話信じるんだよ! 普通に嘘だろ!」


「まぁ、要するに彼は囮だったわけだね。多分その女生徒は彼が捕まっている間に事を済ませたはずだ。堅山、君は直情的すぎる。あまり人のことをとやかく言えないのではないか?」


 そうだそうだ! クリームソーダ!


「しかし彼が美人局にやられたのも事実。騙される方が悪いとは言わないが、警戒心を持ちたまえ。将来が不安だ。」


 うぐ……まるで突拍子もない行動をしてお母さんを困らせる男児を見るような目だ……!


「そっか。定気は美人局につつをもたせられたんだね。」


「まったくけしからん奴だ。ホイホイと浮かれてつつをもつなど、学園の生徒として恥ずかしい。」


「大丈夫だよ定気。今度は私がつつをもたせてあげるから。」


 さっきからなにを言っているんだこの人達は?


「堅山。この子はもういい。ただの被害者だ。例の生徒がまたなにかやらかす可能性がある。今後はさらにパトロールを強化する。」


「えっ、いや、は、はい! 分かりました風紀委員長! そのようにします!」


「それから、私達は大事な話があるから2人とも席を外してくれると助かる。」


「あっ、大切なお話の最中でしたか。申し訳ございません。すぐに下がります。ほら、お前も行くぞ。」


 そう言って手錠を引っ張られる。痛い。


「私はみんな一緒でも大丈夫だよ?」

 

「しかし安倍、この定気という1年生はまったくの部外者だ。話を聞かせるわけには……。」


「定気は私の友達。部外者じゃないよ。」


「しかし……いや分かった。いいだろう。君もここに残るといい。堅山、その子の手錠を外してやれ。」


「はいただいま!」


 ようやく手錠を外してくれた。地味に痛いんだよな。ていうか人生で初めての手錠がこれなのか。なんか嫌だな。


 堅山先輩がそそくさと退場すると、風紀委員長は口を開いた。


「さて、では改めて話を始める。まぁ特にアイスブレイクは必要ないだろう。安倍 奏明、私は君を風紀委員会に勧誘したい。」


 風紀委員会に勧誘だって? 確かに1年生でも部活や委員会に参加することはできるが、勧誘なんてものは聞いたことがない。


「理由は単純だ。君の強さが欲しい。先日、君はこの学園の四天王の座に座ったと聞く。もはや君には学園単位で見ても戦力に数えられるほどの実力がある。」


 ムフーと自慢げな顔をする奏明。でも四天王ってなに?


「我々風紀委員会は決闘委員会と対立関係にある。君が風紀委員会に入ってくれれば、決闘委員会に対して非常に有利になるんだ。」


 決闘委員会? 対立関係? なんかよく分らんのだけど。


「我々は君を次期風紀委員長候補として勧誘する。風紀委員会長になれば内申点は大きく上昇するだろう。好きな大学に行ける。好きな仕事に就ける。風紀委員長になるというのはそういうことだ。君にとっても悪い話じゃない。」


「私を使って誰かを牽制したいってこと?」


「それは違う。我々風紀委員会が望むのは牽制などではない。蹂躙だ。決闘委員会を潰す。そのための武力として君を勧誘したいんだ。」


 おや、なんだか雲行きが怪しく……。物騒なのはよくないですわよ……?


「悪くない話のはずだ。なにより風紀委員会の後ろ盾があれば、多少の蛮行は揉み消せる。風紀委員会に命令できるのは生徒会だけだ。そしてその生徒会に対してもまったくの無力というわけでもない。」


 つまりこの学園の風紀委員会ってめちゃくちゃ権力あるってことか。なんかすごいなぁ。


「なにより私は君の実力を認めている。君となら、風紀委員会をかつての全盛期のように盛り上げることができるはずなんだ。頭を下げて頼もう。風紀委員会に入ってくれないか。」


 奏明は感情の読み取れない顔で風紀委員長を見ていた。俺はこいつが時々なにを考えているのか分からなくなる。今だって、まるで話を聞いてませんでしたみたいな顔をしているが、きっと頭の中では高度な損得勘定がなされているに違いない。奏明は強いし、多分頭もいいのだろう。俺とはまさに次元の違う天才だ。


「定気はどう思う?」


 突然話を振られた。マジかよ。なんで俺に意見を求めるんだよ。


「定気、君はその……安倍の彼氏かなにかなのか?」


「ちち、違いますよ! 急になにを言い出すんですか!」


「違うの?」


「違うだろー! 違うだろ! お前さっき自分で友達って言ってたろ!」


 笑っていやがる。その心、笑っていやがるな! 無垢な俺をいじめて楽しいか! 鬼! 悪魔! 大魔王!


「ふむ、まぁいい。定気、君なら分かるだろう? 権力というものは必要だ。コミュニティに所属することも大切だ。なにより、彼女は私という貴重な格上の練習相手を手に入れることができる。この学園生活を過ごすうえで必要なものが一挙に手に入るのだ。彼女にとってなにが幸せか、考えてみてくれ。」


 奏明にとってなにが幸せか。分からないな。俺は奏明のことをあまり知らない。家系とか、勇者って呼ばれてる理由とか。ただこいつは俺がピンチの時にはいつも駆けつけてくれる。きっと人を助けるのが好きなのかもしれない。じゃあ、風紀委員会はこいつにとって天職なのか? いや違う。それはあくまで、俺から見た奏明の話だ。こいつに関する話に、俺がとやかく言う権利はない。


「風紀委員長。俺は奏明を説得したりはしませんよ。こいつの未来はこいつが決めることです。俺はただの友達。口出しする権利なんてありません。」


「そうか。」


 気まずい沈黙が流れる。怒らせちゃったかな? でも仕方ないじゃんね。自分のことは自分で決めるべきだと思うよ俺は。奏明がやりたいようにやったらいいんじゃないかな。


「とりあえず、この件は持ち帰らせてもらってもいいかな?」


「ふむ。いいだろう。素晴らしい返事が聞けることを祈っているよ。」


 奏明は時間を置いて考えることにしたようだ。いい判断だと思う。何事もその場で判断すべきではないって自己啓発本にも書いてあった。


「あ、そうだ。」


 去り際、奏明は堅山先輩が置いていったアタッシュケースを指さした。


「それ、もらってもいい?」


「……有害図書レベルのドギツいSM本をか?」


 コクンと頷く奏明。


「これは風紀委員会が押収した物であり、風紀委員会が直々に処分しなくてはならない。が、たまたまその場に居合わせた生徒に処分を任せるという体で君に渡すことならできる。持っていくといい。」


 奏明はウキウキでアタッシュケースを拾い上げた。「なんでそんな物欲しいんだよ」とツッコミたくなったが、奏明が嬉しそうだったのでやめておいた。


「では気をつけて。午後の授業に遅れるんじゃないぞ。」


 こうして俺達は風紀委員会の会室を後にした。

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