第36話 人造人間戦(6)

 *神の視点


 人造人間は恐怖していた。目の前の少女に。一撃一撃が確実に自身のHPを削っていく。なにより……。


「フフッ、フフフ。」


 何度殴ろうとも、何度蹴ろうとも、常に笑顔を絶やさない。その様子が不気味で、根源的な恐怖を呼び起こす。それは未知への恐怖。分からないから怖い、という恐怖の根底にある常識。恐怖を恐怖たらしめるもの。


「楽しい。楽しいよ。あなたはどう?」


 人造人間の体に新たな切り傷がつく。人造人間には知能がないが、知能がなくても理解できてしまう。このままではまずいと。


 しかし、事態は人造人間の想像より悪いものではなかった。度重なる人造人間の攻撃により安倍 奏明のHPは既に2割を下回っている。しかしそれに反比例するように戦闘力は増大している。


 安倍 奏明のスキルに〈S・M〉というスキルがある。これは彼女が勇者になる前に手に入れた本質のスキルであり、彼女の人となりを表しているスキルである。効果はシンプル。ダメージを与えれば与えるほど、またダメージを受ければ受けれるほど戦闘力が上昇する。現在安倍 奏明の戦闘力は45000にまで上がっている。その実力はAランク冒険者に匹敵するほどであり、到底高校1年生が出してよい戦闘力ではない。さらに、〈S・M〉による戦闘力上昇には上限がない。このままいけば安倍 奏明は勝てる。


 だが、この〈S・M〉というスキルには弱点がある。それは快楽による感情の高揚。これにより安倍 奏明は判断力を失っている。HPが減れば回復薬で回復すればいいという常識すら、今の彼女には分からない。ただ傷をつけ、傷をつけられる今を楽しむことしか彼女の頭にはない。


 彼女は勇者だ。だがまだ未熟だ。戦闘力は他八英の2倍から3倍近くあれど、まだ学生なのだ。


 人造人間の蹴りが安倍 奏明に命中する。もう何度目か分からない。確実にHPを削っている。安倍 奏明の手足は痺れ、内出血により動くだけで痛みが走る。だがそれすらも彼女の脳は快感に変え、体を突き動かす。


 もし戦っているのが人造人間でなくとも恐怖するだろう。痛みを感じない人間は戦場において強いと言われるが、彼女がまさにそうだ。自身の骨が折れることを躊躇せず、自身の血が失われることすら厭わない。まさに機械のような戦い方。


 だが、HPには終わりがある。いくら強くとも、彼女は人間。そのHPが尽きればいかに彼女と言えども気絶する。


「アアアア!」


 人造人間は安倍 奏明に鋭い一撃をお見舞いした。安倍 奏明はそれを受け止めると反撃に出る。いや、出ようとした。しかしそれは叶わなかった。足を踏み出した瞬間、全身から力が抜けて膝をついたのだ。


「!?」


 その隙を見逃す人造人間ではない。緩慢な、されど避けられない速度で腕を振るう。そして安倍 奏明に残った僅かなHPを削り切った。


 安倍 奏明はダンジョンの壁に叩きつけられ気絶した。


 人造人間は自身の全身の傷を見て、それから気絶した安倍 奏明にトドメを刺そうと歩き出す。人造人間の本能が、こいつは始末しなくてはならないと判断したのだ。


「クソが! 〈切除〉!」


 人造人間の足元の床が細切れになり、崩れる。一瞬ぐらつきはしたが、すぐに足を踏み出して体勢を整えた。もはや時間稼ぎにすらならない。


 定気 小優では人造人間相手になにもできない。こうなっては自分が行くしかないと神谷ヒカリが判断したその時だった。


「ごめん! 遅くなった!」


 ダンジョンの通路にその声は響いた。教員としてはまだ若く、それでいて引き締まった肉体をしている爽やかイケメン。


「ジュン講師……。」


「話はあとで聞くよ。とりあえず今はこいつを倒す。」


 サ・ジュンが現れた。既に他の先生にも連絡が行っており、この場にやってくることだろう。しかし事態は一刻を争う。HPが0になった人間はいつ死んでもおかしくない。すぐに倒れている人を保健室に連れていかなくてはならない。


「あれは人間……じゃないよね。なら加減は不要か。」


 サ・ジュンの姿が一瞬にしてかき消えると、人造人間を背後から凄まじい衝撃が襲う。人造人間と同等以上のパワーだ。この時、人造人間は思わず膝をついた。しかしすぐに背後に腕を振るう。


 当然当たらない。サ・ジュンは続けざまに人造人間の顔に拳を振るった。鈍い音と共に人造人間の体が弾かれる。


 サ・ジュンは思った。こいつ強いぞ、と。サ・ジュンは元Aランク冒険者。攻撃力には自信がある。ほとんどのモンスターを一撃で葬り去る拳は、何個もスキルを重ねがけしている。だからこそ、自身の拳を2回も耐えた怪物に驚いたのだ。


 だが次で仕留める。そう思ったサ・ジュンの繰り出した拳は、人造人間の拳とぶつかった。激しい力比べ。サ・ジュンは腕に伝わる衝撃から、目の前の怪物のパワーが自身に匹敵することを理解した。


「パワーで互角ならスピードはどうかな。」


 一瞬にして人造人間の背後を取り、強烈な掌撃をお見舞いする。人造人間は思わず3歩ほど前に倒れ込む。反撃を試みるが、サ・ジュンはさらにその背後に回る。


「遅いね。耐久力特化型かな。」


 2発続けて攻撃を撃ち込むと、人造人間は床に倒れ込んだ。サ・ジュンの圧倒的パワーを前に、人造人間はなす術がなかった。もちろん、人造人間は白市 竜八、タワーリシチ、神谷ヒカリ、安倍 奏明により大きく削られていたため万全ではない。ゆえに攻撃は大振りになり、サ・ジュンの動きに着いていけていない。


「これで終わりだ。」


 凄まじい戦闘能力により人造人間を翻弄したサ・ジュンは最後に3発の拳を持って、人造人間を沈めた。倒れた人造人間はもう、起き上がることはなかった。

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