第34話 人造人間戦(4)

 *神の視点


 神谷ヒカリの〈オン・ステージ〉によるペナルティは固定100万ダメージ。これは通常、対象に確実なる死を与えるほど強大なダメージだ。


 固定ダメージとは防御力や耐性を一切無視して与えられるダメージ。そして通常、モンスターを殺すには1万ダメージあればこと足りる。ボスモンスターでも10万ダメージでなんとかなる。人間であれば1000ダメージで致死となる。当然例外はあるが、大抵はそれだけあればなんとかなるのである。


 だからこそ、固定100万ダメージは必殺なのだ。神谷ヒカリには絶対の自信があった。普通のモンスターの耐久力、人間の耐久力、平均与ダメージ。平均HP。これらを座学により知識として持っていたため、自身の固定100万ダメージに絶対の自信を持っていた。


 だからこそ、目の前の光景が信じられなかった。


 人造人間は起き上がったのだ。


 苦痛に顔を歪め、怒りに燃えながら、人造人間は起き上がったのだ。もし人造人間が喋れるならば、「今のは痛かった。」と言っていたことだろう。人造人間の感情には、怒りの中に焦りもあった。さっきのを何度も喰らうのはまずい。早々に片付けなくては、という焦りだ。


 事実、人造人間は〈オン・ステージ〉をあと8回喰らえば死ぬ。


 そしてそのことはなんとなく、神谷ヒカリも察していた。人造人間の消耗具合から、奴のHPは1000万くらいだろうと理解したのだ。


 そして当然、〈オン・ステージ〉はあと8回も使えない。クールタイムは長いし、MPからしても使えるのはあと3回。人造人間を殺すには至らない。


 神谷ヒカリは人生で初めてぶち当たった。火力不足という壁に。


 定気 小優にはそんなこと分からない。だが、目の前の人造人間がまだまだ元気そうであることは分かる。


「これは……。」


 定気 小優は神谷ヒカリに声をかけようとした。しかし、怒りの人造人間がそれを阻止する。体躯を揺らし、神谷ヒカリに接近すると、その顔面に拳を振るった。


 神谷ヒカリは避けられなかった。〈オン・ステージ〉が完全に効いていないのであればまだ気が楽であった。しかしなまじ効いてしまっていたから、それが余計心に来ていた。世界の広さを味わわされてしまった。精神的なショックか、あるいは考え事に心を奪われてしまったせいか。どちらにせよ、神谷ヒカリは回避ができず、人造人間の攻撃を受けてしまった。


「ヒカリちゃん!」


 神谷ヒカリはダンジョンの壁にめり込む。と同時に彼女の後方に待機していた取り巻き達の大半が血を吐きながら倒れる。


「一撃で半分以上持っていかれた。多分次はないね。」


 彼女は立ち上がると、血をペッと吐きながら人造人間を睨みつけた。


 彼女のパッシブスキル〈ファンの応援〉により、彼女は自身の受けるダメージを周囲にいるファンに肩代わりさせることができる。人造人間の攻撃は彼女の20人近くいたファンのほとんどを沈めてしまった。もう一度受ければ今度は神谷ヒカリのHPも全て持っていかれるだろう。


「小優くん、時間稼ぎをお願いしてもいいかな。」


「えっ、時間稼ぎ?」


「あんまり期待はしてないけど。クールタイム分くらいは頑張ってほしいな。」


 神谷ヒカリは強い。1年の八英ランキングでも3位だ。6位のタワーリシチ、5位の白市より圧倒的に強い。だが、戦闘力は2人に劣る。神谷ヒカリの戦闘力は8300。タワーリシチの戦闘力は通常で9100。白市の戦闘力は通常で5900。竜化で14500。数字にしてみれば神谷ヒカリはあまり強くないのだ。ただルールの押しつけによる圧倒的火力でそれを凌駕しているだけ。だから当然近接戦で人造人間相手に立ち回るのは難しいし、遠距離で足止めができるわけでもない。


 神谷ヒカリは冷静だ。ここで自分が出て死ぬリスクを犯すより、定気 小優を生け贄にして時間を稼いだ方がよいと判断した。〈オン・ステージ〉が再び使えるようになれば人造人間に更なるダメージを与えられる。だからこそ、ここで自身が死んではならないと考えていた。


 勝てないなら逃げればいい。そう思うかもしれないが、事態はそう簡単ではない。まず壁にめり込み気絶している白市と砂原、タワーリシチを回収しなくてはならない。3人のHPはほとんど0であり、放置していれば死ぬ。神谷ヒカリと定気 小優がここから逃げれば人造人間は気絶している者を殺すかもしれない。だからこそ彼らは逃げるわけにはいかない。


 時間だ。時間さえ稼げばよいのだ。時間さえ稼げば先生が来る。神谷ヒカリは、人造人間の攻撃する音が相当響くことを知っているし、定気 小優は江津 虎穴が先生を呼びに行っていることを知っている。時間さえ稼げば助けが来ると2人とも分かっているのだ。


「……分かった。」


 定気 小優は足を踏み出した。彼の戦闘力はHPを失った今、200ほどしかない。だが逃げるわけにはいかない。時間稼ぎすらできるか分からないが、命を散らすつもりで人造人間に向かって歩き出した。


 人造人間は思った。なんか弱そうな奴が来たな、と。人造人間はそいつを無視し、奥の小癪な女を始末しようと足を踏み出した。その瞬間、人造人間の脳の髄が、痛いほどの恐怖を警告した。


「ッ!?」


 ダンジョンの中に一陣の風が吹いた。それは定気 小優の前で止まり、人造人間の眼前に立つ。


 クリーム色の髪をたなびかせ、彼女は手に剣を握った。クリーム女こと、安倍 奏明。1年八英ランキング1位。戦闘力30000の女が今、人造人間と相対した。

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