第33話 人造人間戦(3)
*タワーリシチの視点
人造人間に、私の刀は確かに通用していた。肉を裂き、確実にダメージを与えていた。そしてこの必殺技は私のほぼ全力だった。だからこそ、私は目の前の現実が信じられなかった。
人造人間は、私の〈一刀の粛清〉を喰らっても生きていた。それどころか、首から血を垂れ流しながら私を睨みつけたのだ。
来る! そう思った瞬間は体は動いて回避していた。もう何度目か分からない衝撃波をいなしながら、私は覚悟を決めていた。
私の全力を使うしかない。正真正銘の全力だ。そしてそれは諸刃の剣でもある。下手をすれば私は死ぬ。だが、そうなったとしても確実に目の前の怪物は屠れる。そうすれば私は彼を守れるのだ。彼さえ守れるのであれば、私はもうなにも怖くない。
「〈冬将軍〉」
HPをコストとして使用する自己強化系スキル。そのコストは、最大HPに対する割合で決まり、1割につき1秒効果が持続する。私は最大HPの5割のHPをコストに使い、冬将軍を発動させた。
最初の1秒。辺りが極寒に包まれる。私の全身から冷気が溢れてくる。人造人間は私の変化に動きを止めた。
次の2秒。私は人造人間の首を5回斬った。その全てに〈一刀の粛清〉が入っている。人造人間は私の速度に反応することすらできず、この日初めて苦痛に顔を歪ませた。
そして3秒。人造人間が手を振り上げた――のでその手をできるだけ念入りに切り刻みながら背後に回った。私の攻撃速度は加速的に上昇していく。
4秒。ステータスが大幅に強化された私は、〈一刀の粛清〉を乗せた斬撃を17回、人造人間の背中に叩きつけた。もはや人造人間は私を目で追うことすら敵わぬ。そして〈冬将軍〉には、私の他スキルのクールタイムやコストを実質0にしてくれる効果もある。わりと無視できないほどMPを喰う〈一刀の粛清〉だが、〈冬将軍〉発動中は気兼ねなく連発できる。
最後、5秒目。私は全身全霊で人造人間を切りつけた。回数にして約31回。まさに、私に可能な最大火力。残りHPは1割弱。もう〈冬将軍〉は使えない。それどころか衝撃波1つで死にそうなくらいまで弱ってしまった。
しかし人造人間は倒れない。倒れてくれない。私の全力すらも及ばない。私は視界の端でチラリと彼を見た。彼も、小優くんも私の方を見ていた。視線と視線がぶつかった瞬間、私の意識は暗転した。
*定気 小優の視点
液体が流れる音がする。体を冷たいものが伝う感覚もする。それらが俺の意識を急速に回復させた。
「ハッ!」
俺は気絶していた。頭を打ったんだ。人造人間の衝撃波に吹き飛ばされたせいで。
「わわっ、目を覚ましたんだねっ。よかったっ。」
振り返るとそこには回復薬の空きビンを片手で握り潰す神谷 ヒカリちゃんがいた。
「ヒカリちゃん!? どうしてここに……。」
「4層を散歩してたら遠くからドッカンドッカンって音がするから、気になって来ちゃったのっ。」
「無事ならよかった。実はなんかよく分からないんだけど人造人間が出てきて……今みんなで足止めをしてるからヒカリちゃんは早く3層へ避難を――。」
そう言いながら人造人間の方に視線をやると、タワーリシチさんと目があった。かと思うと彼女は人造人間の肥大化した大腕をモロに喰らって壁に叩きつけられた。
「タワーリシチさん!」
「あの子、まさかあのスキルを……。人のことなんて構わず逃げればよかったのに。」
彼女は、ヒカリちゃんは人造人間に向かって歩き出した。
「な、なにを……?」
「白市くんとタワーリシチちゃんが頑張ってるのに、私だけ尻尾巻いて逃げるなんてできないよ。」
彼女は俺の方を振り返り、笑顔で言ってみせた。
「任せて。私、強いから。」
パチン、とフィンガースナップの音が鳴る。
「〈オン・ステージ〉」
視界が一瞬暗転する。しかしすぐに眩しい光がまぶたを焼いた。
「ウオオオオオオ!」
激しい歓声。おそるおそる目を開くと、そこはライブの観客席だった。隣にはヒカリちゃんの取り巻き達がところ狭しと並び、ペンライトを振っている。
「みんなーっ、今日は私のライブに来てくれてありがとーっ!」
ステージ上にはヒカリちゃんと人造人間が立っていた。人造人間は突然環境が変化したことに戸惑いながら、ヒカリちゃんに襲いかかる。
しかし、見えない謎の障壁によって人造人間の攻撃はヒカリちゃんに届かない。対してヒカリちゃんは人造人間のことなど眼中にもない様子でファンサービスをしている。
「な、なにがどうなってるんだ……?」
さっきまでダンジョンにいたのになんで急にアイドルのライブに……? しかも人造人間がステージにいるじゃないか。こいつはいったいどういう……?
「ふっ、説明してやろう。」
「あ、取り巻きの人。なんか知ってるんすか?」
「ここはヒカリ様のスキル〈オン・ステージ〉により作られた領域。あるいは他次元と呼べる場所だ。」
「スキルで強制的に場所を移動させたってことですか?」
「そういう捉え方も可能だ。だが本質は違う。この領域において、全ての暴力行為は意味をなさない。すなわちここは絶対非暴力空間なんだぞ。」
絶対非暴力空間。空間自体がそういう風にできているから、人造人間は絶対に攻撃できないってことか。
「〈オン・ステージ〉の対象となった存在はこの空間でヒカリ様とアイドルバトルをしなくてはならない。」
「アイドルバトル?」
「歌、ダンス、ビジュアルなど様々なアイドル的要素で競い合うのだ。最終的にライブが終了すればそれぞれのライブの評価が点数で中央にモニターに表示される。」
「負けたらどうなるんです?」
「死ぬ。」
「死ぬの!?」
「死ぬ。少なくとも我々はヒカリ様の〈オン・ステージ〉で敗北したモンスターが生きていたのを見たことがない。対人であればダメージ量はヒカリ様が調整なさるため死ぬことはないが、まぁ戦闘不能にはなるだろうな。もちろん、今我々が言ったことは事前に説明されるものではないため、このスキルは最強の初見殺しとなっている。」
おかしい、おかしいよ。なんか俺の知ってるスキルと違う。なんなのこれ。必殺技じゃんこんなの。ズルじゃん。自分に有利な空間を展開して、自分に有利なルールで戦うなんて……。
「この勝負、ヒカリ様の勝ちだ。さすが八英ランキング3位なだけある。」
しかもこの上に2人いるってマジ?
「ほら見ろ。あの怪物、この空間のルールを知らないからライブ中なのにヒカリ様へ攻撃しているぞ。まったく無意味だというのにな。」
見ると、人造人間はヒカリちゃんに猛打を繰り出しているものの、その全てが無効化されている。対するヒカリちゃんは素晴らしい美声、惚れ惚れするダンス、心奪われるビジュアルで観客を虜にしている。
約4分ほどして1曲終わると、中央のモニターに点数が表示された。人造人間0点。ヒカリちゃん100点。
「みんなーっ、応援してくれてありがとっ! とーっても楽しいライブだったよ!」
歓声がわき上がり、様々な色のペンライトが観客席を彩る。
「ということでっ、結果は私の勝ち! 敗者ペナルティは固定100万ダメージだよっ!」
再びフィンガースナップがパチンと鳴ると、そこは先ほどまでいたダンジョンだった。ヒカリちゃんは俺の前に立っていた。
人造人間はダンジョンの地に伏していた。
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