第30話 人造人間

「な、なんだ!?」


 ズシン、ズシンと大地を揺らしながら、なにかがやってくる。その音は徐々に近づいてくる。ダンジョンの奥から、得体の知れないなにかが近づいてくる。


「まずい……、みんな逃げろ!」


 俺達は走り出した。なにか、なにかまずいものが近づいてきていることは分かった。もしかして、また魔王が出てきたのかもしれない。だとしたら俺達では勝てない。ここは逃げるしかない。


 俺達は走って走って走った。そしてついに3層へと昇る階段に着いた。


「3層に行くぞ!」


「……いや待て。確かまだ4層にはヒカリちゃん達がいたはずだ。」


「ハァ? ヒカリちゃんて……神谷か。あの腹黒は放っておけ! 今は自分の命を優先にしろ!」


 白市の言っていることはある意味正しい。俺みたいな弱い奴は誰かを助けることなんてできない。自分の命を守るだけで精一杯なんだ。だけど、俺は自分が弱いからって誰かの命を諦めるようなことはしたくない。


「冷静になろう。神谷は既に4層から脱出した可能性もある。」


「確実に脱出したとは限らないだろ。」


「ちょっとあんたさ、大して戦えない雑魚なんだから偉そうな口きかないでよね。」


「でも、もしここで俺達が撤退してあの子が死んだらどうする!?」


 地響きは既に俺達から離れていっている。俺達に興味を失ったか、あるいは新たな興味の対象を見つけたか。


「なら、こういうのはどうよ。3層からは巡回の先生がいるんだろ? だったらこの中の誰かが巡回の先生を呼んできて、その間他の奴らはあの地響きの主を惹きつけるんだ。直接戦闘しなければ問題ないだろうし。」


「それだ!」


「ナイスだトラ! 任せた!」


「リュウちゃんがいいならいいけどさ、今回もちゃんと守ってよね。」


「私は小優くんに着いていくよ。」


「あれ……? また俺が伝達係する感じ……?」


 俺達は弾丸のごとく地響きの主の方向に向かった。いくつかの曲がり角を曲がった先に、そいつはいた。


 ダンジョンの天井に頭がギリギリつかないほどの巨体で、通路を埋め尽くすような分厚い筋肉を持っている。形容するならまさに巨人。血管が筋肉に浮き出ており、筋肉が肥大化しすぎたせいかややアンバランスな体をしている。極めつけはその頭部。金属でできた枷のような物が装着されており、鉄格子のようになっている。血走ったその目は明らかに正気を失っている。そいつは俺達を見つけるとこちらに体を向け、全身の筋肉を膨張させて手を地面に着いた。すると筋肉のあちこちから鉄パイプのような物がニュッと生えてきて、水蒸気を噴射した。


「人造人間……。」


 俺は思わず、そう口にした。


 知っていたわけではない。ただ、目の前の異形が、どこからどう見ても人造人間にしか見えなかった。世界を破滅させる4つの厄災。その1つ、戦争の人造人間。それが俺達の前にいる。


「ボサッとすんな! 来るよ!」


 砂原さんは俺達に渇を入れると、両手をガトリングガンに変化させ、人造人間に弾丸の雨をお見舞いする。


 しかし、人造人間は立ち上がると、弾丸を微塵も気にせずこちらに歩いてきた。ズシン、ズシンと一歩ずつ。まるで貴様のそれは豆鉄砲だと言わんばかりに。


「バケモンかよ……。」


 砂原さんの弾丸は効いていないわけではなかった。弾丸は確実に肉を抉っている。ただほんのちょっとだけなのだ。紙で手を切った程度。ただ僅かに傷をつけているだけ。攻撃が通っていないのではなく、普通に耐えられている。防御力が高いのではなくHPが高いのだ。


「も……もう無理!」


 砂原さんは発砲をやめた。ガトリングガンを手に戻すと、その手は真っ赤になって熱を帯びていた。オーバーヒートってヤツか。


「アレに近接戦闘を仕掛けるのはなかなか勇気がいるな。」


 白市はそう言って走り出した。


「〈紫電〉+〈攻撃力増強〉!」


 白市は全身に紫色の電流を纏い、拳を人造人間に叩きつけた。が……人造人間は不動。


「こ、こいつ……!」


 人造人間は右手を大きく振りかぶった。あの筋肉の塊みたいな腕でなぎ払われたら確実にまずい。そう思った俺は瞬間的に手を床についた。


「〈切除〉ォ!」


〈切除〉の利点は、触れてさえいればある程度自由な場所を自由に切り取れるところだ。例えば木造の建物に触れていればその建物の木造部分は全て自在に切れる。コントロールは難しいから、まだまだ練習が必要だけど、今でもちょっと離れた場所を細切りにするくらいなら可能だ。


 俺は人造人間の左足の床を細切りにした。細切りというより微塵切りに近い。そして簡易の落とし穴をそこに作ったのだ。〈切除〉は切って除去するから〈切除〉なんだ。切ったものを除去することもスキルの能力に含まれている。


 人造人間は体勢を崩し、その大腕は空を切り、白市の真横の床を叩きつけた。


 その瞬間、凄まじい衝撃が俺達を襲った。腕で防御をするが吹き飛ばされてしまいそうになる。数秒ほどして衝撃が収まった時、人造人間が叩いた地面にはクレーターができていた。白市は衝撃でダンジョンの壁に叩きつけられ血を流している。


 まさに人外の力。俺の背筋を冷たい汗が伝った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る