第29話 みんなのアイドル

「私はみんなのアイドル、神谷ヒカリだよっ! よろしくねっ。」


 か、可愛い……! そうか、アイドルは第一印象が重要。当然初対面の人に向けた挨拶と可愛いポーズも洗練されているということか。


「隣の君は初めて見る顔だね。タワーリシチちゃんのパーティーメンバー?」


「は、はい。1組の定気 小優です。」


 お、俺としたことが思わず声が上ずってしまう。まるで童貞陰キャがクラスのマドンナに話しかけられた時のように!


「じゃあ、小優くんって呼んでもいいかなっ?」


 い、いきなり下の名前呼びだと!? な、なんということだ。同じ学園のアイドルに下の名前で呼ばれて、ゆくゆくはお付き合いを始める展開が来たってのか? これなんてラノベ?


「も、も、もちろんっすよ、はは。」


「わぁい、嬉しいっ。私のことはヒカリって呼んでね。約束だよ?」


 デュ、デュフフ。思わず鼻の下が伸びてしまう。なんという、なんということだ。これがアイドルなのか。恐ろしい力だ。


「そこまで。小優くんと先に出会ったのは私だから。」


「もうっ、タワーリシチちゃんったら。せっかく楽しくお話してたのにっ。そういうカタイところ、直したほうがいいと思うなっ。」


 プリプリと怒る姿も可愛い。どうしよう。俺この子好きになっちまう……!


「小優くんっ、もしおカタイタワーリシチちゃんに嫌気が差したらすぐに私のパーティーにおいでね?」


「う、うん。えへへ、そうしよ――アイターッ!」


 後頭部をタワーリシチさんに叩かれました。酷いです。暴力反対。


「私達は4層でモンスターを狩ってアイテムを手に入れる。多分それはあなたも同じなんでしょう? 神谷。」


「あははっ、そうだよ。でも敵じゃない、一緒に戦う仲間だってことを忘れないでね。ここは危険なダンジョン。お互いが危険な時はお互いを助け合うんだよっ。」


「そう。まぁパーティーを組むわけじゃない。せいぜい頑張って。」


「うんっ、ありがとう。私達も頑張るよ。あなた達も頑張ってねっ。足を引っ張ったら殺すからっ。」


 彼女はそう言ってファン達を連れて去っていった。


 ウヘヘ、可愛いなぁ。あれがアイドルかぁ……。いやちょっと待て。最後なんか変なこと言ってなかった?


「足を引っ張ったら殺す……。多分、我々の邪魔をしたら同じ生徒でも命の保障はしないって意味だろうね。」


「怖っ! あの人そんな怖い人なの!?」


 人は見かけによらないとか聞くけど、その具体例レベルMAXみたいな人じゃねぇか。


「とにかく私達も行こう。神谷が来てるなら4層の宝箱を全て漁られるのも時間の問題。」


 そ、そんなにか。まぁあれだけ数がいれば探索も早いだろうな。


「よし、気合い入れていくか!」


 こうして俺達の4層探索は始まった……が……なにかがおかしい。


「モンスターがいない……?」


「出現率が下がっているのかも。このダンジョンは学園が管理してるから、意図的に4層以降の階にモンスターを湧かせないようにしている可能性がある。」


 マジか。ダンジョン管理ってそこまでできるのか。


「宝箱の出現率も下がっているかもね。これは予想外だった。これなら3層のほうがマシ……待って。誰か来る。」


 ダンジョンの奥からコツリコツリと誰かが歩いてくる。モンスターではない。数は3人。誰だ……?


「まさか、神谷と私達以外にも生徒が……?」


「まっさかー。さすがの八英でもここまで来る奴いないだろ。いるとしたらそれこそ白市みたいな陽キャ――。」


「おう小優じゃねぇか。お前も来てたのか。」


 はい、白市でした。脇には砂原さんと江津くんがいます。


「ん、あんたは。」


「おー、この前の。よっすよっす。まさかお前も4層まで降りてくるワルだったなんてな。」


 やっぱり4層に降りてくるのってワルだけなんだ。ということはヒカリちゃんも相当なワルじゃないか! なんで20人近く連れてんだよ!?


「そっちの女は……タワーリシチか。」


「あんたは白市か。小優くんと知り合いだったんだね。」


 心なしかションボリしてるように見えるタワーリシチさん。もしかして白市のこと嫌いなのかな。


「俺がここにいるのは意外か? まぁ、ダンジョンの中じゃあ竜化は使えないし、100%の実力を出せないのは事実だが。」


「まぁ、白市ならこういうことしそうだなぁとは思ってたよ。」


「カッハッハ。まぁ、そうだよな。とりあえずここで会ったのもなにかの縁だ。ちょっと付き合ってくれや。」


 付き合う? どういうことだ?


「お前らも気づいてるかもしれねぇが……この層にはモンスターがいねぇ。宝箱もねぇ。なんか変だ。」


「いや、それは学園側がダンジョンを管理しているからだ。なにもおかしくはない。」


「いや、まぁこの点だけ見りゃあそうなんだろうけど、トラがな……。」


 トラって言うと、江津くんのことか。どうしたんだろう。


「いや、実は俺のスキル〈勘〉がさ、ここはなんかヤバいって言ってんだよな。」


 江津くんの〈勘〉は羽山が暴走することを予見したスキルのことだろう。このスキルはむちゃくちゃ信用できる。つうか俺も欲しい。


「トラの勘にはすげぇ信頼を置いてる。だから俺達は3層へ戻ろうと思うんだ。お前らも着いてきてほしい。」


「なぜだ?」


「もう誰も失いたくないからだよ。」


 白市は瞳に影を落とした。


「どうする、小優くん。」


「決まってる。戻ろう。江津くんのスキルは俺も結構信用してるし。」


「そうか。君がそう言うなら。」


 こうして俺達は今来た道を引き戻すことにした……その時だった。


 ズシン、とダンジョンが揺れるような音がした。

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