第26話 和服美人

「いやぁー! 助けてェー!」


 俺はレッサーオートマタに追いかけられていた。ステータスが上がり、一般人を軽く超える足の速さを手に入れた俺だが、それでもモンスターの方が速い。


「クソが。〈切除〉!」


 レッサーオートマタの足元を砕き、その体勢を崩すことは可能だ。だが〈切除〉は俺のMPの関係上10回までしか使えない。〈上下左右〉を使うMPのことも考えると、使えて8回か7回。そして既に俺は2回〈切除〉を使っている。この意味が分かるな?


「まずい! 死ぬ! 死んでしまう!」


 必死にレッサーオートマタから逃げる俺。さっきの階段辺りに向かえば、きっと人がいるはずだ。彼らに助けを乞おう。


「誰か、誰か助け――。」


 その時だった。曲がり角からぬらりと誰かが現れた。それは和服に身を包んだ女生徒だった。よく見れば和服は制服を改造したものだ。腰には立派な日本刀を携えており、肩までスラリと伸びた美しい黒髪が特徴的だ。だがその顔は、日本人というよりロシア系の美女といった感じだ。


「あっ。」


 次の瞬間、彼女の姿が消え、俺の背後で何かが倒れる音がした。振り返るとレッサーオートマタが彼女に両断されていた。


 まさに侍。大和撫子。彼女は俺の方を見た。瞳は青だ。明らかに日本人じゃない。そしてこの実力、もしかして、まさか……。


「八英の、タワーリシチさん……?」


 彼女は首肯した。やっぱりそうだったのか。八英の中に2人日本人じゃない名前の人がいたからそうじゃないかと思ったんだ。ヴァリアブルさんは二つ名が六角だったから、目の前の六角要素がまったくない彼女は多分違うんだろうと俺は推理し、タワーリシチさんだろうと予想したのだ。


「助けていただきありがとうございます。俺は1組の定気小優です。」


「私はタワーリシチ。5組だ。」


 あら、意外にも流暢な日本語。


「困っているようだったから助太刀したが、不要だったか?」


「いえ、助かりました。危うく死ぬところでしたよ。」


「ふむ、そのようだな。なら1つアドバイスだ。君のような弱者は群れを作ることを推奨する。戦闘力たかだか1000程度の雑魚に手間取っているようでは先が思いやられる。」


 あ、この人クリーム女タイプだ。しかし戦闘力たかだか1000程度の雑魚って、俺の戦闘力200ちょっとっすよ。そんなに強いのモンスターって。


「す、すみません。俺にはちょっと2層は早かったみたいっすね。じゃあこれで失礼します。」


 ここは穏便に済ませようと引き下がったその時、タワーリシチさんは俺の剣を指さした。


「君は剣士なのか?」


「え? まぁ、はい。」


「手合わせ願いたい。」


「はっ? えっ、さっき俺のこと雑魚って言ってたじゃないっすか。」


「済まない。私は剣士と合うと手合わせしたくて仕方がなくなるんだ。それがどれだけ弱い相手であっても、本能的に。」


 なるほど。この人はバーサーカーか。理解した。


「じゃ、じゃあいいっすよ。でも殺さないでくださいね。」


「私の刀は寸止めすると約束しよう。君は全力でかかってきてくれ。」


 そう言うと彼女は鞘に手を伸ばした。


「ぜ、全力!? でも怪我したら危ないですよ。」


「大丈夫だ。君程度の弱者では私には傷1つつけられない。」


 す、すごい言いようだ。クッソ~、後悔させてやる。


「じゃあ、行きますよ!」


 俺は両手で剣を構えると突進した。彼女は動かない。


 俺は剣を振るった。彼女はまだ動かない。


 そして俺の剣が彼女に突き刺さり……そのまま通過した。彼女は少しも動いていない。


「はっ? えっ?」


 俺は目の前のタワーリシチさんに触れてみようと手を伸ばす。しかし彼女には触れられない。まるで空気を触っているようにすり抜けてしまうのだ。


「君の実力は分かった。てんで素人だな。」


「そ、そっすけどなんすか!? やったるんすか!?」


「いや、もういい。話にならない。早く1層に帰ることをオススメする。君のような弱者では私くらい強いパーティーメンバーがいなければこの先に進むことすら困難だ。」


 こ、こいつ……おとなしく聞いてりゃ言いたい放題言いやがって。


「では私は失礼する。」


 タワーリシチさんは俺が逃げてきた方向に向かって歩いていった。俺は、そう、その時俺は猛烈にムカついていた。なんとかタワーリシチさんをギャフンと言わせたい感情に支配されていた。そして灰色の脳細胞が画期的な嫌がらせを思いつく。


「……。」


「……なぜ着いてくる。」


「さっきタワーリシチさん言いましたよね。私くらい強いパーティーメンバーがいなければこの先には進めないって。」


「まさか、私とパーティーを組むと?」


「嫌とは言わせませんよ。断ったら駄々こねてモンスターを呼びます。」


「……。」


 タワーリシチさんは悩ましげな表情をした。しめしめ、これが狙いだったのだ。


「ふむ、君の勇気には驚かされた。いいだろう。私に着いてくるといい。私なら君を守れる。」


 あれ? いいんですか? もっと嫌がられると思ったのに。


「なにをしている。早く行くぞ。」


「あ、はい。」


「それから敬語はやめてくれ。仲良くいこう。」


「え、あ、うす!」

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