第20話 勇者安倍
爆風が俺の体を包んだ。思わず目を瞑る。俺は死んだのだと思った。多分俺は真っ二つにされ、地面を転がったのだろう。そして暗い地面を赤く染めながらその命を散らす……。あぁ、これで終わりか。あっけない……な……。
しかし、俺の意識が途切れることはなかった。おそるおそる目を開くと、そこにはクリーム色の髪が揺れていた。
「そう。斬撃は無効なのね。」
「ク、クリーム女!?」
クリーム女は右手に携えた剣で斬撃を弾いていた。その華奢な体に見合わぬ、煌びやかな剣は聖剣と呼ぶに相応しい気品を持っている。しかしその剣では魔王ミナキリキザムは倒せない。そう言おうとして口を開きかけた時、絶叫が俺の言葉を掻き消した。
「ゆ、勇者だとォォォォォ!?」
魔王ミナキリキザムは絶叫していた。絶望していた。絶大な恐怖を感じていた。その様子はまるで俺が初めてクリーム女に会った時のようだった。クリーム女はその隙を見逃さなかった。
聖剣を掲げ、一言。
「〈ゆうしゃのいちげき〉」
地面に剣を突き刺すと、激しい光の奔流が蛇のようにのたうちながら地面を伝い、魔王ミナキリキザムの足元まで侵略していく。
「なぜ、なぜだ!? なぜ勇者、貴様がここに――。」
最期は声にならない声を発しながら、魔王ミナキリキザムは激しい光に呑み込まれた。そしてその地点から莫大な光が柱となって爆発した。衝撃波が俺の体を持っていきそうになる。思わずクリーム女の手を握ってしまう。
「つーか強くね?」
魔王ミナキリキザムは、あの白市をいとも容易く殺してしまった。それくらい強い敵だった。だというのにコイツは一撃で魔王を倒してしまったのだ。もう強いとしか言いようがない。
しかし、クリーム女がもう少し早く来てくれていたら、白市も砂原さんも死なずに済んだ。
「ごめんな、砂原さん、白市……。どうか君達のことは忘れない……。」
「勝手に殺さないでくれる?」
なんということだ。2人は生きていた! 生きてるの? なんで? 白市に至っては上半身と下半身が分断されてるんだよ?
「私の親が過保護でよかったよ。そうじゃなきゃリュウはとっくに死んでる。」
砂原さんは白市の体をくっつけ、その上に緑色の液体を垂らしている。白市の体からシュウシュウという音がして、白い蒸気を発していた。
「あれは回復薬。ダンジョンで発見された量産アイテムだよ。」
そうか。前に本で読んだことがある。ダンジョンの中では回復薬という、現代科学では説明のつかない未知の薬が手に入ることがあるらしい。それはかけると傷を癒やし、HPを回復させるのだとか。
「でも出血が酷いから、延命にしかならない。回復薬では欠損は治らない。」
えっ、そうなの?
「そんなことは分かってるよ。でも見殺しにするわけにはいかないだろ。それに回復薬には鎮痛作用もあるんだ。」
白市、気絶してるし痛みは感じないんじゃ……。
「でも、もうすぐジュン先生がこっちに来る。彼は回復魔法を使えたはずだから、彼が来ればなんとかなるよ。まぁ回復魔法でも欠損は治らないけど。」
「チッ、そんなこと分かってるよ。なんなのあんた。私達を煽りに来たの?」
「そんなつもりは……。私はただ小粋なジョークで場を和ませようと……。」
ごめん、小粋なジョークがどこにあったのか教えてもらってもいいかな?
「クソが……。」
砂原さんが白市にかけていた回復薬が尽きた。他人のステータスは本人の意思がないと見せてもらうことはできないけど、白市のステータスを見ればHPがどんどん減っていることが分かるだろう。出血は止まる気配を見せない。
もちろんそれは砂原さんも同じだ。彼女は右手を失っており、出血も当然している。気絶している白市と違い、痛みも酷いだろう。回復薬には鎮痛作用があると言っていたけど、それを使いたいのは彼女自身のはずだ。それを我慢し、白市の延命を優先するということがどういうことか、分からない俺ではない。
「そういえば、定気くんは大丈夫なんだね。」
「ん……あぁ。俺はなぜかすぐにはやられなかったからな。多分アイツ俺の強さにビビってたんだよ。」
「そうかもしれないね。」
えぇ……、小粋なジョークだぞ。そんな真面目な顔で返されても。
とはいえ手のひらで斬撃を跳ね返しているので多少出血はしている。一応ステータスを確認しておくか。
■□■□
定気 小優
レベル1
HP 0/16
MP 8/8
攻撃 2
防御 3
技術 1
敏捷 1
魔法 1
精神 2
スキル一覧
・上下左右
戦闘力 0
■□■□
あれ……? あれ!? 俺HP0になってない!? もしかしてあの斬撃にちょっと触ったから減ったの!? じゃあなんで俺意識あるんだよ!
そう思った瞬間、俺の視界は暗転した。
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