第19話 魔王ミナキリキザム

 白市の拳が羽山の顔面を捉える。


 凄まじい衝撃と共に羽山の体が木を貫通し吹っ飛んでいく。さらにもう1本、2本と木をへし折っていき、4本目の木にぶつかったところでようやく羽山の体は止まった。


「随分ブッ飛ばしたね。殺意マシマシって感じ?」


「んな野暮ったいこたぁしねぇよ。これでも手加減してるつもりだぜ?」


 さすがにそれは嘘だよ。思いっきり紫電使ってたじゃん。


「とりあえず生きてはいるだろ。HPは0になっちまってるかもしれないが。」


「トドメを刺すなら早くしようよ。」


「いや刺さねぇよ! トラ曰く精神を操られてたって話だろ。相変わらずスナは物騒だな。」


 白市は羽山の元に向かった。彼女はぐったりと倒れており、翼はなくなっていた。木には血がべったりと付着しており、彼女の顔からも赤い液体がドクドクと流れていた。現在進行形でHPが減っていそうな感じだ。


「うん、生きてるな。とりあえず先生を呼ぶか。あ、そういやトラはどこ行ったんだ?」


「あの人なら俺が先に先生のところに向かわせたよ。」


「なるほど。んじゃ、後は待ってりゃいいってわけね。にしても、あの新任教師も大変だよな。自分の受け持った授業で何回も問題を起こされちゃ、嫌になるってもんだろ。」


 それについては同情するしかない。ジュン講師は不幸の星の元生まれたようだ。


 そんなことを話ながら、俺達は意外にもリラックスしていた。戦いは終わった。その事実が緊張感を緩ませ、油断を招いていた。だから最初に俺が気づいた時には手遅れだった。


 ふと羽山に目を向けると、羽山の口から何かが這い出ていた。そいつは小さな、アリのような虫だった。だけど見ているだけで不安を呼び起こすような、そんな不気味さがあった。俺は白市に声をかけようとした。しかしそれより一瞬早く、事は起こった。


 羽山の口から這い出たアリが突如として膨らんだ。かと思うと、その背を伸ばし、容貌を変えていく。白市も砂原さんもすぐに異常に気づき、そいつから距離を取る。俺も慌てて2人に着いていった。


「な、なんだ……?」


 そいつは最終的に、2mほどの怪物になった。背が高い人間のようにも見えるが、やたら肩幅が広く、黒いマントを羽織っている。マントからは白骨の手が6つも覗き、その顔すらも白骨であった。頭にはねじれた白い角が生えており、虚空のような眼窩には流動する赤い液体がウネウネと意思を持っているように動いていた。そいつは俺達の方を見て、カタカタと骨を鳴らすように喋る。


「矮小なる人間。よくも我の邪魔をしてくれたな。」


 そいつは、怒っているようだった。白骨の手を俺達に向け、衝動のままに言葉を発する。


「我が名は魔王、ミナキリキザム。偉大なる我が計画を邪魔した愚かなる貴様らには、恐怖と絶望をくれてやる。」


 最初に動いたのは意外にも砂原さんだった。彼女は腕をスナイパーライフルに変化させ、魔王ミナキリキザムに発砲しようとした。しかし、次の瞬間、砂原さんの腕は切り飛ばされていた。


「……え?」


 彼女の腕があった場所には、鮮血を流す滑らかな切断面しかなかった。土が彼女の血液で赤く染まっていく。


「ッ!」


 次に動いたのは白市だった。彼は砂原さんを庇いながら竜化を発動――させることはできなかった。代わりに彼の体は下半身と分かたれてしまった。ドサリと重い音がして、支えを失った白市の上半身が地面に転がった。その目は見開かれ、現状を理解できていない様子だった。


 何より恐ろしかったことは、魔王ミナキリキザムはその間、手を動かすどころか身動ぎ1つしなかったことだ。ノーモーションから放たれる致死の斬撃。羽山を操っていたのはコイツだ。羽山に力を与えたのもコイツだ。そしてコイツの斬撃は、羽山の斬撃と比べ物にならないほど強い。


「塵が。この程度か。貴様ら人間には失望するぞ。」


 魔王ミナキリキザムの瞳が俺の方を向いた。その瞬間、俺には何故か、何故か分かった。斬撃が飛んでくるタイミングが。そして、それに対抗するための方法、俺に唯一可能な戦術が。


 先ほどの羽山との戦いで分かった。俺のスキル〈上下左右〉はおそらく、重力に対して干渉できるスキルではない。実際、〈上下左右〉を付与したダンベルが独りでに動くことはなかった。しかしそれを投げた時、〈上下左右〉の効果は発動したのだ。そして先ほどの戦闘で、羽山は〈上下左右〉を受けた後、木に叩きつけられた。その後何度か飛ぼうとしていたが、少し浮き上がったらまた木に叩きつけられるというのを繰り返していた。


 あれを見て俺はこんな仮説を立てた。俺のスキル〈上下左右〉は、対象が自由落下状態になった場合にのみその効果を発揮するのではないか。ここでいう自由落下状態とは、重力の影響を受けており、また他の力を受けていない状態のことだ。


 つまり、自由落下状態だ。対象が自由落下状態であればいいのだ。


 そしてもう1つの仮説。それは、上下左右の概念についてだ。おそらく、この上下左右というのは俺を基準に上下左右という意味だと思う。つまり、基準の俺の位置が変われば、〈上下左右〉を付与された物質の動きも変化する。多分。


 それらのことから導きだされた結論。それは一握の望みだ。全然間違ってるって可能性もある。だけど俺はこの希望に賭けることにした。


 俺は手を突きだし、顔を思いっきり右に向けた。そして手のひらに不可視の何かが食い込んできたタイミングで、〈上下左右・左〉を発動した。


「なに……?」


 俺が再び正面を向くと、魔王ミナキリキザムの白骨の頬に、一筋の傷がついていた。


「我のスキルを反射しただと?」


 魔王ミナキリキザムの能力は、斬撃を飛ばすものだ。斬撃を操っているわけじゃない。ただ飛ばしているだけ。飛ばしているだけなら、自由落下状態であると言える。つまり〈上下左右〉を付与できる。そして俺が右を向いている場合、〈上下左右・左〉が付与されている対象が飛んでいく方向は、当然左だ。つまり俺が右を向いている時に左から飛んできた攻撃は、左に戻っていく。これが反射のカラクリだ。


「だが無意味だ。」


 魔王ミナキリキザムはニヤリと笑う。頬についた傷がみるみるうちに再生してしまい、元通りになった。


「矮小なる人間よ。我には斬撃無効のスキルがあるのだ。いかなる斬撃も、致命傷にはならぬ。」


 マジかよ。俺の最大にして最高の作戦、無に帰しちゃった。


「絶望したか? 端から人間ごときが我に勝てるわけがなかったのだ。」


 俺は絶望などしていなかった。まぁ多分あんまり効かないだろうなと思っていたからだ。期待などしていなかった。ただたまたま効いたらいいなーみたいな希望を持っていただけ。それが打ち砕かれただけ。


「心配するな。貴様もすぐにあの世へ――。」


「魔王がいるぞォォォォォォォォォォ!!!」


 俺は咆哮した。多分俺は死ぬ。だから最期にやれることはやっておきたい。絶叫による情報の共有。それが俺の置き土産だ。


「斬撃を飛ばしてくるぞォォォォォ! コイツに斬撃は無効だぞォォォォォ!」


「クソ生意気なガキが!」


 魔王は再びスキルを発動した。俺は最期まで叫ぶことしかできなかった。情けないったらありゃしない。友達殺されて、それで結局やれたことが情報の共有。しかも伝わってる保障もない。


 それでも、少しでも皆が逃げる役に立てたのなら、俺の人生は無駄じゃなかったって思えるのかもしれない。

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