第8話 クリーム女を倒せるか

 まずい、まずいまずいまずいまずい、まずい!


 このままでは溢れる……! むき出しにされる……! 社会から突き放された憐れな俺の姿が……!


 焦る俺を尻目にどんどんとペアが決まっていく。俺は誰にも声をかける勇気がなく、どんどんと窮地に追い込まれていく。


 そして、このクラスには俺と同じような境遇の外れ者がもう1人いる。初日の自己紹介で全員に喧嘩を売った儚げ美少女、クリーム女こと安倍 奏明。


「おっ、ちょうど君達がペアになればピッタリ15組だね。いやぁ、このクラスは人数が偶数で助かったよ。」


 神々のいたずらな運命によって、俺は憎きクリーム女とペアになってしまった。


「じゃあペアになった人から始めてくださーい。」


 始めてくださーいと言われてもどう始めればいいんだ? 見ればいいのか? 見るだけなら、まぁ俺みたいな雑魚にもできるだろうけど、それだけでいいのだろうか?


 疑問を残しつつも安倍を見る。クリーム色の前髪がなびき、長い睫毛が神秘的な顔つきを際立たせている。さすがに目と目を合わせるのはハードルが高いので、適当に頬っぺたでも見ていることにした。


「では、そろそろ攻撃をしてみましょうか。優しく、でも素早く見ている場所を突っついてあげてください。上手く防御できれば成功です。」


 なるほど。では先手必勝だな。


「喰らえいクリーム女!」


 俺の指は光より速き仮想粒子となってクリーム女の頬っぺたを突っつく!


「んゆ……!」


 結果としてクリーム女は防御も回避もままならず、俺に頬っぺたを突っつかれてしまった。


「う、嘘だろ……まさか俺、やったのか……?」


 白市でさえ触れることすらできなかったクリーム女に、触れることができた。触れれるなら殴れる。殴れるなら倒せる。倒せるなら、弱くないって証明になる! すごい、すごいぞ。俺は倒せる、倒せるんだ。もう俺を弱いと侮辱することは許さない!


「ドゥワーハハハハハハハハハ! 見ィたかクリーム女ァ! 俺の指は貴様に届いた! 届いたぞ! このまま貴様をめちょめちょにして二度弱いなんて言えないようにしてや――。」


 俺の目の前には拳が飛んできていた。


 その瞬間、俺は走馬灯が見えた。


「あら小優。どうしたの?」


 あ、お母さん。


「小優。一緒にご飯を食べよう。」


 お父さんも。


「私達は何があっても小優の味方よ。」


「大丈夫だぞ、小優。ほら、もう泣くな。」


 これは家族でピクニックに行った日……。これはいじめられて帰ってきた時に慰めてくれた日……。昔の懐かしい記憶が映像となって躍り出てくる。


「やーい小優のバカバカデーベーソー。」


 こいつはよく俺を罵倒していた近所の短パン小僧……。お前まで出てくるのか……。


 等と感傷に耽っていると、突然目の前の映像がプツリと消えてしまった。辺りには暗闇が広がっているだけ。俺が動揺していると、それに答えるように声が聞こえた。


「小優、まだこっちに来てはいけないよ。」


「小優、来てはいけない。まだお前にはやり残したことがあるはずだ。」


 母さんと父さんの声だ。どうしてそんなことを言うの? 俺は2人に会いたいよ。


「さぁ、元の世界にお帰り。」


「頑張るんだぞ。応援しているからな。」


 その言葉を最後に、もう2人の声は聞こえなくなった。


「ハッ!」


 目を覚ますとそこは体育館だった。どうやら体育館の端までブッ飛ばされたらしい。慌ててステータスを確認する。


 ■□■□

 定気 小優

 レベル1

 HP 1/16

 MP 8/8


 攻撃 2

 防御 3

 技術 1

 敏捷 1

 魔法 1

 精神 1


 スキル一覧



 戦闘力 1

 ■□■□


 なんということだ。HPがあと1しか残っていない。今の俺は死にかけだ。HPの減少により戦闘力も下がっている。今追撃を喰らえば死ぬ……!


「大丈夫ですか? 定気くん。」


 俺の顔を覗き込む爽やかイケメンのジュン講師。


「残りHPは?」


「1です。」


「うーん保健室行きだね。立てそう?」


 ジュン講師が差し出した手を取って立ち上がる。HPとはいえ意外と大丈夫そう。まぁ、人間ってHPが1でも残っていれば絶対に死なないらしいし、案外まだまだ余裕だったりするのか?


「おいテメェ、こいつァいったいどういう了見だ?」


 声の方を見ると白市がクリーム女に掴みかかっている。そうか、白市は親友の俺をブン殴られたことに怒っているのか。なんて優しい奴なんだ……。涙が出る。


「あの威力……スキルを使ったな? アイツのレベルは1しかないんだぞ! テメェ死んだら責任取れんのか!?」


 白市の体はバチバチと紫電を纏っている。今にもクリーム女を殴りそうだ。


 しかし、白市の言葉は俺にも刺さる言葉だ。「レベルが1しかないんだから手加減しろ。」と言っているようにも聞こえる。もちろん白市にそんな意図がないのは分かっているが、自分のネガティブな感情がそう錯覚させてしまうのだ。


 何より、俺には元天才としてのプライドがあった。そんなプライドがこの学園に来てからずっと傷つけられている。もう我慢ならない。俺は足を踏み出した。


「白市、俺にやらせてくれ。」

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