第9話 破壊されたプライド
「定気、お前動いて大丈夫なのか!?」
多分、大丈夫だ。HPが1でも残っている限り、人は死なない。だから多分大丈夫なのだ。
「白市、俺のケジメは俺がつけたいんだ。頼む。」
俺がそう言うと、白市は引き下がった。
「だ、大丈夫ですかねー? 僕新任だからあんまり問題を起こされると後が大変でー……。」
ジュン講師の不安そうな声をよそに、俺はクリーム女に宣戦布告する。
「今からお前を全力で殴る。それでチャラにしてやる。」
俺は腰を深く落とし、右手を引いた。そしてこの1ヶ月間で鍛え上げた筋肉を膨張させ、その力の全てを拳に溜める。
「ハァァァァァァァッ!」
「こ、これは!?」
周りの空気が渦巻き、俺の周りには電流が走る。神々が俺を祝福し、物理学が俺を畏怖する。万物を打ち砕かんとする拳が今! 放たれる!
「キェェェェイ!!!」
顔……は可哀想なのでお腹に向けて俺の全身全霊パンチを繰り出した。
クリーム女は華奢だ。抱き締めれば折れてしまいそうなくらいに。だからこそ、俺には絶対の自信があった。殴れば相応のダメージを与えられる、という自信が。
俺は自身の拳がクリーム女の体操服に吸い込まれ、そして止まったことを理解するのに数秒かかった。クリーム女は俺のパンチを受けてもビクともしなかった。その様子はまるで……山。
「ふふっ、くすぐったい。」
挙げ句の果てには可愛らしい顔ではにかんで言うのだ。くすぐったい? 俺の全身全霊パンチが? 俺はレベル1だぞ? 昔は村の子供達皆から恐れられたガキ大将だったんだぞ? 暴れれば普通に物は壊せるし、殴れば人だって簡単に怪我をさせられる。そんな俺の全力を、くすぐったい……?
俺の視界が割れたガラスのようになって崩れ落ちていく。この時、俺は理解した。俺はこの学園において、凡才にもなれないのだと。吹けば飛び、守られなければ死ぬような雑魚なのだと、俺は理解させられてしまった。俺のような雑魚は、どれだけ努力を積み重ねようと、どれだけ工夫を凝らそうと、強くなれない。そのことを思い知らされた。
「まずい! 精神的ショックでHPが0になりました! 早く保健室へ!」
ジュン講師の言葉を最後に、俺の意識はフェードアウトした。
次に目覚めると、そこは知らない天井だった。
「目覚めたか、坊主。」
知らない声だ。そちらを見ると白衣を着た若い女性がタバコを……。
「って校内でタバコ吸っちゃダメでしょ!」
「治外法権だ。保健室は私の領域。ここのルールは私が決める。」
女性はスパーッと煙を吐くと、タバコを灰皿にすり付けて火を消した。
「1年1組定気 小優くんだね。噂はかねがね聞いているよ。」
「噂?」
「生まれた時からレベル1。だけどそこからは一切レベルが上がっていない。堕ちた天才。枯れた才能。」
「あんまり強い言葉を使わないでください。また死にますよ。」
「安心しろ。私が治してやる。」
あんまり安心できない感じの人に言われてもなぁ。
「私はメアリー婦人。保健室の主だ。」
「なんかこの学校の先生って名前独特っすね。あなた日本人ですよね。」
「1年1組ということはセンコウが担任か。あのマッチョは存外役に立たんな。」
「あのマッチョメン、センコウって名前なんすか!? やっぱり名前独特っすね!」
「だが授業の担当はサ・ジュン新任講師だったか。だとすれば今回の責任は全てサ・ジュンにあると言っても過言ではない。学長にはそのように報告しよう。」
やめたげてよぉ。あの人普通に可哀想だよ。
「ふっ、冗談だよ。さて、体調の方はどうだね? まだどこか痛いところはあるか?」
体を動かしてみるが、特に痛むような場所はない。すごいな、もしかしてHPも全快してるんじゃ?
そう思った俺はステータスを開いた。
■□■□
定気 小優
レベル1
HP 16/16
MP 8/8
攻撃 2
防御 3
技術 1
敏捷 1
魔法 1
精神 2
スキル一覧
戦闘力 6
■□■□
ほら、やっぱり全快してる。いやぁすごいな保健室の先生……あれ!? 精神の値が1増えてる!?
「せ、先生!? ステータスが! ステータスが!」
「メアリー婦人と呼べ。ステータスがどうしたって?」
「精神が増えてるんですよ! これ先生が何かしたんですか!?」
俺がステータスを見せるとメアリー婦人はなんてことないといった表情で答えた。
「あぁ。それは坊主のHPが0なったからだな。人間はHPが0になるようなダメージを受けた時、そのダメージの種類に応じてステータスが成長するんだ。」
「そうなんですか!? 初耳ですよ!?」
「まぁ、1年生はまだ習っていないからな。お前の場合、精神的ショックでHPが0になったため精神の値が成長したのだろう。よかったじゃないか。」
もしかして俺、強くなれたのか!? まじか! やったー!
「というか、HP0になって回復~の流れを繰り返せばどんどんステータスを上げられるんじゃ……!」
「バカか。HPが0というのはいつ死んでもおかしくない重体ということだぞ。そんなことを繰り返せば簡単に死ぬ。そもそもHPを回復させるスキルやアイテムは少ないんだ。今日だって私がいなければどうなっていたことか……。」
と頭を抱えるメアリー婦人。
「とにかく、バカげたことを言えるくらい回復したならもう大丈夫だよな。お前はもう今日の授業には参加しなくていいことになってるから、寮に帰って寝てろ。」
今日の授業はもう免除されたのか。じゃあ筋トレ……なんてしたら怒られるよなぁ。大人しく寮に帰るかぁ。
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