第7話 格闘術基礎

「僕は格闘術の講師のサ・ジュンです。皆さんよろしくね。」


 1時間目、俺達は体操服に着替えて体育館に来ていた。体操服には隠されし効果として、女子の魅力を向上させるというものがある。これは決して俺が体操服フェチだからそう見えるとかではない。断じてない。


 ところで格闘術の講師は韓国系の方のようだ。背が高いわけではないがイケメン。白市はオラオラ系イケメンなのに対し、こちらは爽やか系イケメンだ。生徒からの人気が高そう。


「早速ですが、まずは基本の格闘術を見せましょう。どなたかこちらに来ていただけませんか?」


 普通なら誰も行きたがらない場面。だが我らの白市は違う。スクッと立ち上がると、ジュン講師にところに向かった。


「ありがとうございます。あなたは白市 竜八くんですよね。紫竜の異名を持つ、とってもすごい生徒さんだって聞いてますよ。」


 紫竜の異名!? 何それ初めて聞いた! アイツの称号、大阪最強だけじゃなかったの!?


「では、実際の戦闘のようにやってみましょうか。白市くん、遠慮せずかかってきてください。」  


「そうか? じゃあ遠慮なく。」 


 白市はジュン講師の腹に向かって拳を突き出した。しかしジュン講師はそれが分かっていたかのように、最小限の動きでそれを避けると、白市のガラ空きの腹にカウンターを入れた。重々しい音が響いたが、白市は倒れることなく笑ってその腕を掴んだ。


 ジュン講師はすかさずもう片方の腕で攻撃を仕掛けようとしたが、まるで未来が分かったかのように突然腕をガードに切り替えた。その直後、白市の拳はジュン講師のガードに突き刺さる。


「はは、重いね。想像以上だ。」


「これを重い、で済ませられるのは癪だが、あんたなかなかいい腕してるな。」


 続けざまに白市はジュン講師に攻撃を続ける。しかしその全てをジュン講師は捌ききり、小さくカウンターを当てていく。白市はそれに対して特に防御などはせず、ただ再び攻撃を繰り出していくだけだ。


 一見すると白市がジュン講師を圧倒しているように見える。実際、ジュン講師の攻撃は一切効いていないみたいだし。しかし俺には分かる。ジュン講師の狙いが。


 数分間、打撃の応酬を続けた後、ジュン講師の動きが変わった。突然白市に組み付いて投げたのだ。それまで純粋なジャブしか見ていなかった白市は反応が遅れ、体を投げられるはめになった。しかしさすがは白市。空中で体勢を立て直し、投げられながらもキレイに着地をしてみせた。


「ここまでにしよう。見せたいものは見せられたよ。」


 ジュン講師はそう言うと白市にお辞儀をする。白市は温まってきた拳の行き場をなくし、すごすごと自分が元々座っていた位置に戻った。


「僕が今見せた技術の全てを理解できた人はいるかい?」


 俺はすかさず手を挙げる。アクティブ陰キャは白市というパトロンを得て強気に発言ができるのだ。


「自身の攻撃に制限を設けて、最後の投げを決まりやすくしていたと思います。」


「その通りだ。僕は最初から白市くんの胸辺りを集中して殴っていた。逆にそこ以外は攻撃していないんだ。投げ技の直前、僕は先ほどまでより少しだけ強いパンチを撃った。それを受けた白市くんは僕が2発目の拳を振りかざしているのを見ると、ガードの体勢を取ったんだ。それを見て投げに切り替えた。全てプラン通りの戦術だよ。」


 最初から投げ技を取り入れていたら決まらなかった可能性もある。誰だって最初は警戒をするものだ。どんな技を使ってくるのか、どんなスキルを使ってくるのかってね。だけど戦いを続けていくうちに相手に慣れてくる。その慣れこそが付け入る隙になるってことか。


「じゃあ、先の戦闘中僕は防御に徹していたわけだけど、どうしてあんなに白市くんの攻撃を見切って防御できていたと思う?」


 うーん、確かに。まるで未来が見えていたかのように白市の攻撃を防御していた。もしかすると未来が分かったり、相手の思考を読んだりするスキルを持っているのか?


「答えはね、視線だよ。僕は白市くんの視線をずっと観察していたんだ。人は攻撃をする時、攻撃をする場所をじっと見る傾向にある。だから相手の視線を追っていれば次に攻撃してくる位置が分かるってことだよ。」


 なんということだ。それだけであんな未来視みたいな高い精度の防御を連発していたのか。


「格闘術というのはね、プログラミングに似ているよ。0の状態から戦闘を組み立てるわけじゃない。頭の中にいくつもプランを用意しておくんだ。それで、相手に対してそのプランを実行していく。こうしたら、次はこうする。こうしてきたら、こうする。そういった思考と行動の連動こそが、格闘術で優位に立つ秘訣だよ。」


 なるほど。おそらくこの人、相当な技巧派なんだな。ステータスやスキルだけで戦ってる人じゃない。戦闘という行為に向き合ってイニシアチブを獲得するために色んなことを試しているんだ。俺も格闘術を練習すれば強くなれるのかな。


「それじゃあ、まずは格闘術基礎最初のステップ。相手の視線を捉えてみよう。さ、皆2人組のペア作ってー。」


 ふ、2人組のペア……!? バカな……それは陰キャ特効の禁断呪文。格闘術ではそんなことも教えているのか。しかし甘いな。俺には白市という存在がいる。アイツがいる限りその呪文で俺を破壊することはできな――。


「白市ーペアなろうぜ。」


「お、いいぜー。」


 白市がNTRれたァァァァァッ!

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