第5話 筋トレをしよう

 15時30分。ホームルームが終わり、放課となった。この後の予定は既に決まっている。訓練場に行くのだ。


 私立学園ギラは冒険者を育成する学園。当然、訓練場がある。それは普通校舎の裏側に鎮座している1階建ての建物だ。中には共同訓練場、個室訓練場、擬似戦闘場が存在している。


 共同訓練場は文字通り、他の生徒と共同で使う訓練場だ。共同訓練場にある設備は使い放題。筋トレしている生徒がよくいるそうだ。

 個室訓練場は個室で訓練ができる場所だ。アパートのように部屋になっていて、中はわりと広い。さらに壁や床を傷つけても再生するという優れっぷり。

 そして擬似戦闘場は、擬似モンスターを呼び出して戦闘が可能な場所だ。基本個室で、マシンを使って擬似モンスターの能力や強さを調整できる。まさに最新の訓練場だ。


 俺はこの学園に入ったからには、強くなりたいと思っている。強くなって冒険者になれれば、世界中のダンジョンに潜り金銀財宝ガッポガッポだ。さらに強さがあれば身に迫る危険に打ち勝つこともできる。最近は物騒だから、いつ犯罪者に絡まれるか分からない。そのため強さは必要不可欠だ。


 とはいえ、いきなり擬似戦闘場で戦闘をするほどバカでもない。まずは共同訓練場で筋トレに励むとしよう。筋トレをすればステータスが上がるかもしれないし。


 俺は訓練場に入った。受付の機械に学生証をかざすとポップな音がした。学園側はこれで生徒の訓練場使用頻度を計っているらしい。俺はモニターに映し出された『共同訓練場使用』をタップする。これでこの日、俺は共同訓練場を使用した、と記録されたのだ。


 共同訓練場には上級生はいなかった。それもそのはず、今日は1年生だけが1時間早く放課になったのだ。普通は16時30分までは授業がある。そして、わざわざ初日から訓練場を使うような1年生はいない。というかパンフレットを隅々まで読んでいなければ、訓練場の存在すら知らない人もいる。


 というわけで俺はほぼ貸し切りの共同訓練場にて早速筋トレを始めた。まずはストレッチをして、その後ランニングマシンだ。まずは軽く1km走り、その後はバーベルを手に取った。俺の能力ではまだ60kgが限界だ。何回か上げ下げして、筋肉を痛め付ける。


 その後は背筋やら腹筋やらを豊富な筋トレマシンでいじめ抜き、最後には再びストレッチをして締めとした。壁掛け時計には19時42分が表示されている。


「ふぅ、ちょっとやり過ぎたかな?」


 そろそろ帰ろうかと身を翻した直後、後ろから何者かが歩いてきた。反射的に振り返ると、そこにはあのクリーム女が!


「あっ、クリーム女!」


 クリーム女は共同訓練場の奥から現れたように見えた。共同訓練場の奥には個室訓練場と擬似戦闘場がある。む、まさかこいつ、自己紹介の時に逃げてからずっとここに籠っていたのか!?


「あなた。」


 思わず体がビクついてしまう。しかし我慢だ。俺はそんな弱い人間じゃない。そうだろう? そうなのだよ。


「どうして?」


 どうして? どうしてだと? まさかそれは「プークスクス、どうしてそんなに弱いのに無駄な足掻きをしているのかしらァーッ?」という意味か!? ゆ、許せん! 一度ならず二度もこの俺を侮辱するとは……。


「くっ、貴様のような天才には分かるまい。虐げられし弱者の苦悩が!」


「しいたけ?」


「しいたけじゃない虐げだ!」


 クリーム女、もとい安倍あべ 奏明そうめいはキョトンとした顔で首を傾げた。見る人が見れば美少女の可愛らしい仕草にキュンとするかもしれないが、俺は真実を知っている。こいつは出会い頭に人のプライドを折ってくる奴だ。


「クリーム女め。俺はいつか、必ず、お前に復讐してやる。待っていろ、すぐにステータスを上げてお前を……!」


 クリーム女は俺が言い終わらないうちにスタスタと歩いていってしまった。なんということだ。俺のような雑魚では話にならんということか。ムキィー、頭に来た! こうなったらさらに筋トレをしてやる! 今度はランニング10kmだ!


 こうして俺は初日を筋トレ漬けの日で終えた。寮に戻ると早くも筋肉痛で動けなくなっていた。それでもえっちらほっちら体を動かし、夜のルーティーンを済ませた。


 初日が終わった感想としては、悪くない感じだ。同級生には強い奴がいるし、筋トレ設備も整っている。クラスの雰囲気は悪いけど、俺みたいな陰キャはいじめのターゲットにならないようにひっそり暮らすだけだ。


 なんだかんだでこの学園に入学できてよかったのかもしれない。あの日たまたまバンキング学長に拾ってもらえたからこうなったけど、もしそうならなかったら今頃俺は死んでいたかもしれない。


「そう思うと、あの人には感謝しないといけねぇなぁ。」


 そんなことを言いながら俺は眠りに落ちるのだった。

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