第3話 私立学園ギラ

 こうして私立学園ギラに入学することになった俺は、初日から校舎の大きさに圧倒されていた。


「うおでっか……。建物がね。」


 まるで高層ビルのようにそびえ立つ校舎。壁一面が太陽の光を受けてギラギラしており、白亜の眼差しを登校する生徒達へ向けている。うかうか見ていると反射光で目が焼かれそうだ。


「おい、見ろよあれ。」


「うおでっか……。俺地元でこんな大きさの建物見たことないよ。」


 どうやら大きさに驚いているのは俺だけではないらしい。同じ新入生と思われるピカピカの制服を纏った人々が、巨大な校舎を見上げながら校門をくぐっていく。


 俺もそろそろ行かなくては。歩く人々の後ろを目立たぬように着いていく。こうすれば道に迷うことはない。我ながらかんぺきーな作戦だ。


「おい、あれ見ろよ。なんかスッゲェキレイな人いるぜ!」


 思わず声の方向へ向く。そこには指をさす男子生徒。その指の先には美少女がいた。腰まで伸ばしたクリーム色の髪、眠そうな半開きの眼、真夏のひまわりを思わせるような美貌。背の低さすら神秘的な容貌の引き立て役にしている。


「誰だ、誰だ?」


「私見たことある。確か、すごいお嬢様だったはず。」


「スゲェ。威厳あるなぁ。あれが1年生? マジかよ。」


 彼女は周りの声など気にしない様子で、どこかへ歩いていく。あっちは……旧校舎の方だ。確かこの学園には旧校舎と普通の校舎、そしてスーパー校舎があるらしい。俺達が今見ているのは普通の校舎。スーパー校舎は空間歪曲技術を使った拡張世界にあるらしく、そこは主に3年生が使っているらしい。


 俺はしばらく名も知らぬ彼女に見惚れていたが、ハッと我に帰ると足早にその場を去った。見ただけで分かる。あれは我々庶民が近づいてはならぬ方だ。ましてや俺のような陰キャ、視界に入れることすらおこがましい。


 ところでここはどこなのだろうか? 俺はいつの間に迷っていた。いや、俺は確かに他の新入生の流れに乗っていたはずなのだが、いつの間にか1人になっていた。まずいな。俺は方向音痴なんだ。1人では目的地にたどり着けない。とりあえず学園パンフレットを取り出して地図を見る。


「確か、新入生の集合場所は体育館って書いてあったはずだ。体育館の方向は旧校舎の方向と同じ。で、多分俺の前に見えるバカデカイあれが旧校舎だよな。」


 目前にあるは先ほどの校舎とは比べても遜色ない大きさの旧校舎。壁が若干灰色がかっているため、かろうじて区別はできるが、焦っていたら普通校舎と見間違えたかもしれない。


「ということは、旧校舎の壁に沿っていけば体育館に行けるはず。……おや?」


 旧校舎の壁を伝って角を曲がると誰かがいた。それは先ほどの美少女だった。クリーム色の髪を腰まで伸ばしたひまわりみたいな女子。華奢で庇護欲を引き立てるような感じだ。


 彼女はしばらく虚空を見つめていたが、不意に俺の方を向いた。


「ッ!?」


 次の瞬間、俺は跪いていた。頭を地面に擦り付けんばかりの勢いで。


 俺は一瞬、何が起こったか分からなかった。だが次の瞬間には頭でなく魂で理解できた。恐怖だ。これは恐怖だ。俺は今、目の前の女の子に恐怖し、本能的に跪いてしまったのだ。


「あなた。」


 鈴が鳴るような美しい声。だがそれすらも俺の恐怖心を刺激した。俺は知っている。これはレベル差だ。人はあまりにもレベル差の激しい生き物と出会うと、本能的に屈服してしまうのだ。俺の今の状況がそうだ。おそらく、こいつのレベルは俺より遥かに高い。もしかしたら、バンキング学長よりも……。


 そんな俺の思考を打ち破るような声が聞こえた。


「弱いね。」


 心を刺しに来るような言葉だった。確かに俺は、凡才や堕ちた天才と呼ばれたこともあった。だが、村では俺のことを弱いと呼ぶ奴はいなかった。だって俺のレベルは1だ。レベルが1の人間は確かにレベル2の人間よりは弱いだろう。だがその程度のレベル差なら工夫次第で覆せる。実際、俺をいじめていた奴らも常に複数人で攻撃してきた。


 俺は決して弱くはない。ただ強くないだけだ。ずっとそう思って自分に言い聞かせてきた。なのに……。


「なんでここにいるの?」


 こいつは、この女は、俺を弱いと罵った。圧倒的な力の差を持ってして、俺に弱者のレッテルを貼ったのだ。俺は許せなかった。俺は怒った。怒りで震えが止まらない。今すぐこいつにパンチをお見舞いしてやりたい。だが、俺の体はいくら怒りに震えようとも、動くことはなかった。


 理解しているのだ。こいつは天才だって、理性で理解しているのだ。一時の怒りに任せて命を散らすこともないだろうと、肉体が警告をしてくれているのだ。俺はそれに背いて人生を無意味に終わらせるほどバカじゃない。俺は地に伏した体勢のまま耐えた。


 しばらくすると、遠くでチャイムの音が鳴った。どれくらい時間が経ったのだろうか。顔を上げるとそこにはあの女はいなかった。


「た、助かった。」


 思わずそう口に出してしまったが、何も助かっていない。何故なら俺は入学式を欠席してしまったのだから。

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