昔話
「何から話せばいいかしらね」
私に身の上話をし始めたミレノお婆ちゃんだったが、何かを考えあぐねたように、ろくに声を発さない内にまた口を閉じてしまった。
「リンちゃん、これ、なんだか分かる?」
もう一度重い口を開いて喋りだしたミレノお婆ちゃんは、覚悟を決めた目と共に、着ていたブレザーを脱いで、自分の後ろへ回るよう私へ目配せした。
「ミレノお婆ちゃん、それって……」
普段見ることのないミレノお婆ちゃんの背中には、右肩から左腰へ大きく延びる火傷の痕があった。
「そういえばまだ、なんでここら辺一帯の町がこんな風になってしまったのか、話してなかったわよね」
生々しい火傷の痕を隠そうと、私が服を着せるのも早々に、ミレノお婆ちゃんはぽつりぽつりと喋り始める。
「そうね、昔話をしましょうか、リンちゃんがここにくる、ずっとずっと前の話。今でも忘れようがない、数十年前の、あの日の話を……」
* * *
その日、私は朝から町の人と一緒に町の掃除をしていた。私が住んでいた町では、一ヶ月に一度、定期的に町の大掃除をすることになっていたのだ。
早くに夫を亡くして子供も町を出ていた私にとって、その時間はとても大切なものだった。
「うぃー、ミレノさん、お疲れ」
「カズさんもお疲れ様、前通り向かいのゼンジさんから貰ったカステラが残ってるから、一回休憩しましょっか」
「そいつはいいな、あいつらも呼んできて全員で一回休憩すっかぁ」
お昼前まで掃除を続けていた私達は、一度休憩を取ろうと、全員で集まることにした。
「おらおら、休憩は終わりだ、お前らは戻って仕事しろ」
「全く......、カズさんも仕事しなさいよ。ほらあっちにまだたくさん残ってる!」
「へいへい、わかってますよー...っと、なんだこりゃ、ケミトルの一種か? にしてもよくわかんねぇ形してんな」
「丸っぽい基盤に棒……? みたいなのがくっついてるし投げて使うものなのかしら。……ってこれ
休憩が終わり、他のメンバーが掃除の続きをしに元の場所に戻っていった後、私とカズさんだけはその場に残って、休憩の時に皆から受け取った扱いに困る物や、処分しにくいものの処遇を考えていた。それにしても危険物まであるのは想定外だけどね!?
「はいよ、じゃあそれの扱いはミレノさんに任せるわ、っと、こんなのどう考えてもゴミだろ、捨てろよ!!」
「まあまあ、変になんでもかんでも捨てられるよりかは持ってきて貰った方がいいわよ」
この町で、ケミトルについての知識があるのは、昔首都の方で働いていたカズさんと私しかいなかったので、必然的に、何か困ったことがあったら頼られるのは、この二人となっていた。
特に、私はケミトル以外にも幅広く知識を持っていたので、頼られることが多かった。
それが災いしたのだろう、私は、すっかり、「頼られる立場」というものに慣れきってしまっていた。私がこの町の中心だと、皆は私に教えを乞う存在、私より下であると、そう、錯覚してしまっていたのだ。
だから、致命的なミスを犯してしまった。
取り返しのつかない、決定的な、ミスを。
「うっし、今日はこんくらいまでにするべ、後残ってるのも、そんな面倒なものでもなさそうだし」
「はーい、それじゃあここら辺のもの全部家に持ってっちゃうわね……ん? あれは?」
夕方になり、私とカズさんが荷物を持って帰ろうとしたとき、私は道端に転がっていた
「なんだ? ああ、そういえばさっきゼンジさんがよくわかんらん人形拾ったから置いておくっていってたな。あんなところに置いといたのか」
「そう、わかったわ、じゃああれも持って帰っちゃうわね……」
「ん? いやまて、あれはもしかして……」
今思えば、あそこで一回待っておけばよかったのだ。作業をしていて疲れたのか、少し眠気もあり、判断力が鈍っていて、カズさんに聞くこともなく、私はそのままその人形を拾いに行ってしまった。
それが、運命を変えることになるとも知らずに。
「ミレノさん、危ない!!」
「きゃ!?」
人形を拾おうと三歩くらい近づいた時、私はカズさんに吹き飛ばされ、その場に倒れ込んでしまった。
「痛った、カズさんどうしたの……」
抗議の言葉を口にしながら顔をあげようとすると、
何か
まさか唾でも吐かれたのかと思って体を起こしたのと、頭から血を流したカズさんが倒れてくるのは、丁度、同時だった。
到底理解できないその光景に二、三秒ほど固まってしまった後、元の目的地であった人形の方をゆっくりと見ると、ついさっきまで横になっていたはずの人形が、立ち上がって煙の立ち上る右手の手の平を私の方に向けている様子が、夕陽に照らされて綺麗に見えた。
無意識にカズさんを起こそうとするが、返事が一切ない、おそらくもう......。
そして、カズさんを屠ったであろう右手がゆっくりと私の方へ向けられる――ところで私はようやく正気を取り戻した。
「アンド……ロイド……!」
先ほどまでただの人形だと思っていたそれだが、今となっては私でも分かる。あれは、人類史上最も偉大な発明、その秘めている危険性故に一般ではなかなかお目にかかれない、
その瞳は、普段は制御中を示す緑色に光っているはずだが、今は、暴走状態を表す黄色に光っている。
同時に、さっきは倒れていて見えなかったが、アンドロイドの右手からエネルギー弾の発射の予兆である煙が立ち上っていくのが見えた。
予兆が見えて反射的に飛び退いたその場所を、エネルギー弾が豆腐のように削り取っていく。
「おい! どうした! 大丈夫か!」
異変に気がついたのか、周囲で作業を終えて帰ろうとしていた人達が次々と集まってくる。
「ミレノさん大丈夫か!? カズさんは!? ……くっ」
「ゼンジさん……。私……どうしよう……」
真っ先に私のところへ駆けつけてきたのは、ゼンジさんだった。
ゼンジさんはもう助かりそうにないカズさんに歯噛みして、鋭く他の人達に指示をだす。
「お前ら! そこのやつの相手は任せた! 俺はミレノさんを安全な所まで送ってくる! ……さっ、ミレノさん、行きましょう」
「え、ええ」
カズさんの死だけでもう何も考えられなくなっていた私は、ゼンジさんに従って自分の家まで戻ってきた。
「それじゃあ、ミレノさんはここで待ってて下さい。俺は戻ってあいつの対応に当たります」
そうして、私は一人自分の家に取り残された。
先程から続いていた眠気もあり、私はそのまま、カズさんの死から逃げるように眠りについた。
ゼンジさん達に任せておけば大丈夫だという、謎の自信を抱えて。
次に目が醒めたのは、全てが終わった後だった。 何かが壊れるようなけたたましい音が鳴り響き、重い瞼を無理矢理こじ開ける。
ベッドから降り、窓の外から見えた景色は、つい一、二時間前とは比べ物にならない地獄のような光景が広がっていた。
考えてみれば当たり前だ。カズさんが死んだ以上唯一ケミトルの知識がある私が眠ってしまっていて、ゼンジさん達だけで対処ができるわけがない。
そんなことにも気が付かない寝る前の自分を罵りながら急いで家を出る。
掃除したはずの道路は、所々が爆発したように抉れていて、回りの家から剥がれ落ちたであろう石や木の破片が散らばっていた。
アンドロイドと出会ったときの朧気な記憶を頼りに進んでいくと、小さな町だ、一、二分も掛からずに元の場所へ戻ることができた。
戻っていく程家々の損壊が酷くなっていくのを見て、私はより強い危機感を覚える。
「う、うぅ」
たどり着いたそこは、まさに地獄絵図というのがふさわしい惨状だった。
地面は原型がないほどに破壊され、家もまともに建っているものはない、挙げ句の果てにはそこかしこにうめき声をあげて倒れている人やもう動かなくなってしまった人が散乱していた。ゴミのように人が倒れている光景は、散乱と呼ぶのにふさわしい。
見知った顔も多く倒れており、その中にはもう動かなくなってしまった人たちも……。
「み、ミレノさん……」
「っ!? 誰!? ……ゼンジさん!?」
負の思考の連鎖に落ちかけていた私は、聞こえてきたゼンジさんの声に少しだけ落ち着きを取り戻す。
「どこ!? どこにいるの!?」
一心不乱に回りを見渡すと、少し中心地の方から離れた場所で膝をついているゼンジさんを見つけた。
腕から血を流しているが、命には関わらなさそうだ。
「ちっ、しくったぜ、すまねえ、ミレノさん……。あいつを、止めることが、できなかった」
カズさんに次ぐ友人であったゼンジさんの無事を喜ぶ暇もなく、現実を直視させようとするその声で、あえて見ないようにしていた地獄絵図の中心地の方を、私は思わず振り返ってしまった。
「……っ」
そこには、先程と何も変わらない、いや、姿こそ変わらないが、肉食獣のような、遺言を待つ死刑執行人のような雰囲気を新たに漂わせたそれが、悠然と立ち尽くしていた。
「はは、あーあー。これで私もおしまいかぁ。よくみると人形状態じゃなくてもあんなにちっちゃかったんだねぇ。...カズさんごめんね、あなたの分まで生きられなくて。...って、うん? 小さくて、人形のような姿に擬態できる特徴、そして右手にレーザーガン内臓……もしかして、小型二式……?」
諦めて死を受け入れそうになった間近に、なんとなくで始めたアンドロイドの分析で、私はあることに気が付いた。気が付いてしまった。この状況を、打破できるかもしれない可能性に。
「小型二式なら、もしかしたらあれが使えるかも……?ふふっ、ここまできたら、やるしかないわね」
極限状態に陥ると、人は冷静な判断ができなくなるというが、私も例に漏れず、死んでいった人達のために何かを成さなければならないという英雄的思想に毒され、あることを実行しようとしていた。
その様子を足元で縮こまって見つめていたゼンジさんに計画を手早く伝える。
「本気か? ミレノさん。下手したら、あんたまで死んじまうぞ?」
「大丈夫、もともと何回も死んでるような体だから」
「……ちっ、そうかよ、じゃあもう止めねえよ」
諦めて見送ってくれたゼンジさんに笑みを送り、まるで私を待っているかのように立っているアンドロイドへ一歩踏みだ、そうとして私は全力で踵を返した。流石に今までの言動と不釣り合いすぎる私の行動にぽかんとしているソレを置いて、私は全力で辿ってきた道を戻って逃げた。
アンドロイドもいつまでもぽかんとしている訳もなく、時間にしたら1秒も立たないほどで私のことを追いかけてきた。そりゃそうだろう。餌だと思っていた存在が目の前で逃げたらそりゃ追いたくもなる。
ただの中年のおばさんと化学の力の結晶であるアンドロイドでの勝負だ、すぐに私はアンドロイドに追い付かれる、はずだが、なぜかアンドロイドは一向に私との距離を詰めようとしない。何故か、それは、
「やっぱり、バッテリーが怖いよねぇ!?変に走ったら、動けなくなっちゃうかもしれないもんねぇ!?」
小型二式というアンドロイドの特徴に原因がある。
小型二式という名前にもある通り、この型のアンドロイドはただでさえ小さいのに、更に人形サイズまで圧縮されるので、そりゃもちろん、その内部に内臓されるバッテリーもかなりの小ささになる。そしてこのアンドロイドは、少なくともこの町をここまで壊滅させる程度にはエネルギーを消費しているはずだ。いくら内臓バッテリーの効率がよくても、ここで変にエネルギーを浪費してしまえば、最悪バッテリーが切れる可能性がある。すぐに体力が切れるであろう私を追うためだけに、全力を出しては来ないはずだ。
これが、まず一つ目の賭けだった。そして、私はその賭けに勝った。
大分バテながらも、ようやく私は自身の家まで辿り着く。
そして、家に入り、玄関に置いてある、
その中から目当ての物を取り出すと、私はまたすぐに家を出る。
アンドロイドは、丁度曲がり角を曲がって私の家へ歩いてくるところだった。そのまま真っ直ぐこちらへやって来ると、見下すような視線を私へ向ける。そして、その右手からエネルギー弾が私へ放たれる……所で私は、手に持っていた先程の電磁爆弾をアンドロイドへ投げつけた。
そう、これこそが二つ目の、本命の賭け。
バッテリーが小さい小型二式ならば、家電の回路をショートさせられるくらいのエネルギーを持つ、電磁爆弾で機能を停止させられるのではないかと踏んだのだ。
取っ手のおかげで見事命中した電磁爆弾は、一際白く輝いて、爆発した。
電磁爆弾でも決して小さくはない振動が私を襲う。
そして、その爆発にもろに巻き込まれたアンドロイドは、
「っ!!!!」
光の加減か少し緑がかっていた瞳をぐるんと回転させ、悲鳴を上げるかのように口を開けたまま、前方へと倒れた。
「……た、倒せた、の?」
完全に動かなくなっているのを確認した後、家からロープを取ってきて、アンドロイドの手足を縛った所まできて、私はようやく大きく息を吐き出した。
「はあぁぁぁぁぁ、助かったぁぁぁ」
その場に倒れこみたい気持ちを抑え、まずはまだ生きている人を助けようと、気持ちいい程度に救急キットを持ってゼンジさんのところへ戻―
「な、何をしてるの!?」
るとそこでは、背の高い見知らぬ男がゼンジさんの首を掴んで持ち上げていた。
周りに何人か目覚めている人もいる中、殺そうとするかの勢いでゼンジさんの首を絞めている男を私は怒鳴り付ける。
「今すぐその手を離しなさい! その人は、ここを必死で守ってくれたのよ!」
言いながら、離してくれなかったらどうしようと考えたが、それは杞憂に終わる。
「ふふっ、それはすまなかった。人がこれだけ倒れてる中で一人だけ立っていたものだから、てっきりこの方がこの状況を起こしたものだと思ってしまって」
男は、軽く笑いながらゼンジさんの首を絞めていた手を離すと、自己紹介を始めた。
「僕は神北ジン、首都の方で、化学端末の研究をしている者だ。ここの奥の終焉の墓場へ訳あって訪れようとしていたら、この騒動が目に入ってここへ寄ってきたって訳さ。……今後ともよろしく」
男――ジンはキザに一礼して見せると続けて私に質問を投げ掛ける。
「ところで、この方が犯人じゃないならこの状況は何なんだい?」
「ああ、それなら、こちらに犯人? この状況を起こしたアンドロイドを捕まえてありますよ。」
ひとまず誤解は解けたようなので、こちらも丁寧にジンの問いに答えて、彼を自分の家まで案内する。
「ほう、これは小型二式か……。で、形状的にプロトタイプ。君、このアンドロイドの瞳の色は見たかね?」
「はい、黄色く光っているのは見ました」
「……そうか、やはりプロトタイプは暴走しやすくて困るな。……ああすまなかった。一人でぶつぶつとわかりずらかったよな。瞳の色が黄色く光っているのは暴走している印なんだ」
「ええ、なので、こうやって捕らえておきました」
何故か少し安心したような顔をしているジンを怪訝に思いつつ、裏にあった騒動は特に伝える必要もないだろうと最低限のことだけを返す。
「うん?反応が薄いな。もしかして君、この事を知っていたのか?」
「ええ」
私がアンドロイドのことを知っていたことに驚いたのか、ジンは急に態度を変えて笑い始めた。百面相かよ。
「ははっ、そうか、まさかこんな僻地にアンドロイドの知識がある者がいるなんてな、時間があれば是非僕達のチームに勧誘したかったが……。残念ながら今はあまり時間がない。本来ならこの町に来ている時間すらなかったんだ。勧誘はまたの機会とさせてもらおう」
ジンはそこまで言いきると、アンドロイドをひょいと背負ってふらふらと町の外へ歩き出した。
「急にアンドロイドに襲われて災難だったね。たまにあるんだ、捨てられて暴走したアンドロイドに襲われる事案。僕の方でこれは処理しておくから。そこは安心してくれたまえ。それじゃあ、時間がない故、僕はここでお暇させてもらう。じゃあね!」
軽く投げキッスでも飛ばしてきそうな爽やかな笑みを浮かべ、ジンはそのまま町の外へとでていって見えなくなった……。
* * *
凄絶なミレノお婆ちゃんの過去に、私はしばらく、動くことができなかった。
「その日の出来事自体は、これで終わりよ。その後はゼンジさん達と合流してアンドロイドが持っていかれた事を伝えて、それから生存者確認とかで1日が終わったわ。……まあそこからは想像通りね、半壊して人も半分くらい死んでしまった町を立て直すだけの余力はなくて、みんな別の町に引っ越しちゃったわ。私だけは旦那とカズさんが亡くなったこの町から離れる気になれずに、なんとか今までここで暮らしてきてるけど」
肩を竦めてなんでもなさそうに言うミレノおばあちゃんに、私は思わず食って掛かった。
「なんでそんな大丈夫そうなの! 家族も死んじゃつて、家族みたいなものだった町の人達もたくさん傷つけられて、殺されて、どうしてそんな平気そうにしていられるの! ……私、そんなこと知らずに、こんな所で一人で暮らしてる意味も考えずに……」
「いいのよ、私が知られないようにしてたんだし。それに、こうしてリンちゃんと一緒にいられてるだけで私は幸せだもの」
「ミレノお婆ちゃん……。ありがとう。これからも私、頑張るよ」
「実はね、リンちゃん。もう一個だけ話さないといけないの……」
これからもミレノお婆ちゃんを支えていこうと、私が第三の家族として頑張ろうと覚悟した私に、ミレノお婆ちゃんはより深刻な顔をして、あることを語り始めた。
心喪少女 白白於莵(はくしろおと) @hakusiro_oto
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