第5話
赤祭りに着いたとき、祭りではカラオケ大会をやっていた。このあと花火が上がって祭りは終わる。耕太は急いで会場中を探したが、りんはいない。ちあきもいない。もう一度りんに電話する。しかしやっぱり機械音。ちあきの連絡先は知らない。そもそも祭りに人が集まり過ぎている。到底見つけられない。
耕太はカラオケの受付に走った。
「お? 何だ兄ちゃん。カラオケ出てくれるの?」
係りのおじさんが笑顔で歓迎する。
「お願いします」
「よし。二番あとだよ。歌う曲ここに書いて」
耕太は用紙を渡された。机の上で力強く曲の名前を書き込む。
「次は高校生のメンズが出てくれますよ。どうぞー」
司会の案内に乗せて耕太は舞台に進み出る。僕が人前で歌うなんて。でも。
一口食べたスイカを私に渡して「食べる?」と言った君がまぶしい……
甘ったるいウォーターガールのラブソングを歌いだす。恥ずかしくて顔から火が出そう。しかし力一杯声を出して、耕太は歌う。しっかり声を出せば不思議と音程も揺れない。人込みの中からりんの顔が飛び出す。ジャンプしながら白い手を振っている。隣に黄色の浴衣も見える。ちあきだ。二人はあそこにいる。歌い終わって舞台から降りると、りんが待っていた。紫の浴衣。髪はアップにしていて、うなじがまぶしい。
「行こう!」
耕太はりんの手を引いて、走った。
「ちょ、ちょっと。どこに?」
「ヨーヨー釣り!」
耕太は叫んだ。しかしヨーヨー釣りの店に着いたとき、すでに店は終わっていた。「そんな……」
耕太は絶句した。どうにか言葉を絞り出す。
「ごめん……。間に合わなくて……。何か…何かしようよ。何か出来ないかな…」
耕太はそう言いながら、会場のあちこちにキョロキョロと目を向けた。そんな耕太のそでを、りんが柔らかく引っ張った。
「あっち、行こう」
りんが指さした先にはアクセサリー屋があった。二人はその店に急いだ。
照明に輝くアクセサリーはどれも綺麗だった。りんは様々なアクセサリーを手に取った。
「耕太くん、これ欲しいな」
しばらく後、りんがそっと差しだしたのは、金魚の小さなキーホルダーだった。
「これでいいの? 金魚は嫌じゃなかったっけ?」
「この金魚は死なない。いつまでも持っておけるでしょ?」
「分かった」
耕太はそのキーホルダーを買い、りんに渡した。
「ありがと」りんは店の光に金魚をかざして微笑んだ。
二人は歩き出した。
「電話したんだ。祭りに誘おうと思って」
りんが静かにこちらを向く。
「……誘ってくれたんだ。ありがと。電話ごめん、もう使えなくて……」
「それで、今日、川本さんに言いたいことがあって」
耕太は話を急いだ。
「りん!」
「え?」
「『りん』、だよ」りんは囁くように繰り返した。
気のせいか、りんの目はうるんで見えた。
「り、りんに言いたいことがあって」
耕太は言い直した。息を吸う。
「それで、僕、君のことが……」
りんはそっと人差し指を耕太の口にあて、その口をふさいだ。りんの目から涙がこぼれ出した。
「それ、言わないで」
耕太が目を見張る。なぜ? なぜ泣く? そのとき祭りの終わりを告げる花火が上がった。次々と。耕太はその音を聞きながら、りんのしっとりとした指に唇を押され、動けなくなった。
わけがわからないまま、耕太は家に帰った。それ以後、りんには全く連絡がつかなくなった。家の前まで行き、インターホンを押しても誰も出ない。りんがいなくなったと聞いたのは、新学期に入ってからだ。夜逃げらしいと母は言った。そもそも東京で父親が事業に失敗して、りんは母子でこの町に逃げてきたようだ。そしてこの町からもまた逃げることになった。
そんなりんの事情は瞬く間に町を駆け巡った。耕太は何度もLINEをしたが、やはり一度も「既読」はつかなかった。携帯そのものを解約したのだろう。りんは耕太の前から完全に姿を消してしまった。りんがいなくなった残りの高校生活は、急速に色彩を欠いていった。耕太は、りんの居たころ、いかに毎日がカラフルだったかを思い知った。しかし、どうしようもない。耕太は自分がやるべきことをやるしかなかった。
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