第4話
家でピアノを練習しながら、耕太は昼間のことを思い出す。やっぱり強引に誘ったらよかったのかな。でも、りんは自分と一緒に行きたいなんて言ってないしな。いや、でもやっぱり誘ったら来てくれたのかな。ピアノの練習に集中できない。
耕太は自分の部屋からタブレットを持ってきて、Yahoo! を開く。検索するのはウォーターガールの「スイカの歌」のコードだ。コードは和音。ギターでもピアノでも共通で、その和音を弾けば曲の伴奏になる。はじめはCマイナーから。
一口食べたスイカを私に渡して「食べる?」と言った君がまぶしい……
コードを弾きながら耕太は歌を口ずさむ。甘ったるい歌詞。耕太は歌は上手くない。大きな声を出すのがとにかく恥ずかしいのだ。中途半端な声量で、中途半端な音程が揺れる。うーん。下手だ。それでも耕太は最後まで歌ってみる。やっぱり誘えばよかったかなあ。
八月五日の夜。祭り前日。りんを誘うなら、最後のチャンス。耕太は夕方から自分の部屋で、何度も携帯を持ち上げて、また机に置いた。りんにLINEすればいい。簡単な話だ。LINEはクラス委員になったときにりんが交換してくれた。電話番号も。「祭り一緒に行かない?(笑)」そう打てばいい。でも、もう手遅れだろうか。りんと一緒に祭りに行きたい奴はいっぱい居そうだ。もう誘われているかも。夜が更けて午前三時。もう非常識な時間。耕太は結局、たった一行のLINEを打てなかった。
八月六日。祭り当日。耕太は朝からまた携帯を持ち上げて、机の上に置く。自分のことをバカみたいとは思うのだけど、どうしても同じことを繰り返してしまう。たった一行のそのLINEを打てたのは、結局午後二時。しかしいつまでも「既読」がつかない。これは、「未読スルー」ってやつだろうか。りんが自分のLINEに困惑している顔が浮かぶ。やっぱり迷惑だったのだろうか?
午後七時。祭りはもう始まっている。耕太はついにやけになって、りんに電話をかけた。しかし「この電話は現在使われておりません」そんなアナウンスが流れた。え? どういうこと? 機械のアナウンスを聞きながら耕太は混乱する。りんにウソの番号教えられたとか? いや、さすがにそれはない。じゃどういうこと?
……動け。もういいかげん、今だ、動け。耕太の胸にそんな思いが膨らんでいく。大きく息を吸い込んだ。スニーカーをつっかけ、祭り会場に走った。
混雑緩和のため、自転車での来場は禁止されているのだ。走り出してふと思う。どっちの祭りに行けばいいのか? 祭りは二つある。赤祭り? 黄色祭り? どっちだ? わからない。耕太は立ち止まって考える。どっちだ? わからない。とりあえず、とりあえず赤だ。耕太は近い方の小学校に走った。
小学校のグランドは赤色の提灯に照らされていた。出店の喧噪に、盆踊り。耕太は小走りに会場中を探す。鉄棒のエリア。野球ネットのエリア。ジャングルジムのエリア。りんは見当たらない。時おり、同じ学校の女子を見かける。しかしそんな女子たちも今日は浴衣の人が多く、いつもと印象が違う。もしかしたらりんも浴衣を着ていて印象が変わり、自分が見落としただけなのかも。耕太はもう一度はじめから探そうと決める。額に汗が浮かぶ。もう八時だ。
「耕太くん!」
呼ばれて振り返る。そこにはちあきがいた。黄色の浴衣。
「どしたの? りんとはぐれた?」
「え、はぐれったっていうか……まだ一度も会ってない」
息をはずませながら耕太は答える。
「え? 会ってないの? 待ち合わせは?」
「待ち合わせなんかしてないよ」
「どゆこと? ついに誘ったんじゃないの?」
「え? 誘って……ないよ。それに『ついに』って何?」
「誘ってないんかい! もー何してんだか、このバレバレ耕太!」
「バ、バレバレ耕太?」
「そ、バレバレ。てかホントに誘ってないの?」
「う、うん」
「もー。それはいかんぞー! 耕太!」
「え、そ、そうなの? てか、川本さんどこ? 知らない?」
「知らないよー。昨日からLINEしても『既読』つかないし」
「やっぱそうなんだ……そうだよね。『既読』つかないよね」
「黄色祭りに行ってみたら?」
「そ、そうだね。そうする」
耕太は軽く手を挙げ、ちあきに背を向けた。黄色祭りに走る。黄色祭りの小学校まではガッツリ走れば一〇分くらいだろうか。地面を蹴る。夏の夜の生ぬるい風が体にまとわりつく。体から汗が吹き出す。僕はりんが好きなんだ。完全に。伝えなくてはならない。耕太はもう躊躇しないと決めた。
黄色祭りに着いた。今度は黄色の提灯に輝くグランドでりんを探す。出店、手洗い場、盆踊りの輪に、ゲームのコーナー。どこにもいない。息が上がって膝に手をつく。ふと見ると、イカ焼きの行列に淳也がいた。
「淳也!」
耕太は淳也の腕をつかみ、列から引きはがした。
「な、何だよ耕太。もうちょっとで俺の番だったのに」
「すまん。でも、あの…川本さん見なかった?」
「りんちゃん? どしたの? はぐれた?」
「いや、はぐれたわけじゃなくて。まだ会ってもいない」
「え? 待ち合わせは?」
またこの展開か! 耕太は再び事の次第を説明する。淳也はちあきとほぼ同じ反応を見せ、耕太に説教を始めた。耕太はそんな淳也をさえぎって言う。
「とにかく、俺は川本さんに会いたいんだ」
「よっしゃ! わかった。一緒に探してやるよ!」
淳也は走り出して振り返る。
「携帯、出られるようにしとけよ。見つけたらすぐ電話する」
「おお、ありがと!」
耕太は手を挙げ、反対方向に走り出す。携帯を握りしめる。しかし探しても探しても、りんは見つからない。やっぱり祭りには来ていないのかも。そのとき、耕太の手の中で携帯が鳴った。ディスプレイを見ると淳也だった。
「見つかった?」
「いや、ちあきから電話きた。りんが赤祭りに来たって。耕太に伝えてって」
「赤祭り? 分かった! ありがと!」
耕太は電話を切った。携帯の時計はすでに八時三〇分。祭りが終わってしまう。耕太は走った。もう一度赤祭りに。また汗が吹き出したが、疲れは感じなかった。どうしてもりんに会わなくてはならないのだ。
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