第2話

 練習は午前で終わった。午後は暑すぎて、危険なのだ。練習後、部室の前で着替えているとサッカー部の淳也がやってきた。あちらも午前練だ。

「耕太。滝行こうぜ」

 淳也はわざわざ肩を組む。この暑さで。

「おお。行こうか。てか、暑いんだけど」

 耕太は淳也の腕から逃れる。

「冷てーな。肩くらい組ませろよ」

 淳也が再び腕を回す。耕太は逃れる。ほどなく軽い追いかけっこになる。テニス部の女子たちが横を通る。りんたちも午前練なのだ。耕太たちを見てクスクスと笑う。

 汗だくになりながら、耕太と淳也は「滝」に来た。ここは学校から自転車で一〇分のところにある渓流だ。渓流には小さなダムがあり、それが「滝」である。滝の高さは八メートル。二階の屋根の上くらいである。滝つぼの深さは三メートルだと言われていて、ダムの上から飛び込むことができる。この地域では小学生でも飛び込む滝だ。度胸を試す、一種の通過儀礼として機能している。

「ダーイブ!」滝に着くや否や、淳也が飛び込む。サッカー部の短パンのままだが、どうせすぐに乾く。耕太も続いて飛び込む。高さが八メートルもあるから、滞空時間が長い。水に落ちた瞬間、ゴボッという水音が耳を覆い、ほどなく体が浮き上がる。水面に顔を出すと、とたんに聴覚が戻る。ゴーゴーという滝の音がうるさい。

 滝の横の大きな岩から上に上り、また飛び降りる。空中で手をパタパタ動かしたり、一回転しながら飛び込んだり、様々なバリエーションを試す。たまに失敗して、水面でしたたかに背中を打つ。そんなときは、背中が真っ赤になる。しばらくそんなことを繰り返す。「休憩しようぜ」淳也が言う。「おお」耕太は答えた。耕太たちは日の当たる、大きな岩に寝そべって、太陽で体を温めた。「最高な!」空を見ながら淳也が言う。「だな」耕太が言う。

「淳也!」ふいに女子の声が聞こえた。淳也が体を起こす。耕太も起こす。見ると向こう岸から、ちあきが手を振っている。隣にりんもいる。

「耕太くん!」

 りんが耕太に手を振る。口角をしなやかに上げたピンクの唇が眩しい。

「あ、ああ」

 耕太も手を振り返す。ちあきとりんも遊びに来たらしい。二人はテニスのユニフォームではなく、学校のジャージに着替えていた。ジャージのパンツを膝までまくり上げ、渓流を渡ってこちらに来る。小さなバックを持っている。川の中で転ばないか、ヒヤヒヤする。

「何なに? ちあきてば俺のこと追っかけてきっちゃった?」

 淳也が岩からすべり降りる。耕太も一緒に降りる。

「ばか。ちがうわい。美女二人の水浴びよ」

 ちあきが答える。

「自分で言うなっての。てか、ちあきはここ来んの初めて?」

「おおよ。悪いか」

「りんちゃんも?」

「うん。初めてだよ。びっくりした。綺麗な川だね」

 りんが周りを見る。東京育ちには新鮮な景色なのだろう。

「耕太くんはよく来るの?」

「う、うん。淳也とね」

「へー誘ってくれたらいいのに」

 りんが唇をとがらせる。

「え、う、うん」

 何が「う、うん」だよ。「今度誘うよ」とか言えよ。耕太はイケてない自分の返答にがっかりする。でもこんな社交辞令を真に受けてもりんに申し訳ないし……。

「初めてならさ、ちあき。俺のダイブ見てくれよ」

 淳也が胸を張る。

「ダイブって何よ?」

「こっから飛ぶんだよ」

淳也が滝を指さす。

「マジで言ってんの?」

「マジで」

「やめなって。危ないよ」

「ま、見とけって」

「やめなよ!」

 淳也とちあきの押し問答が始まる。

 そのとき、川底に巨大なカニが現れた。毛ガニくらいのサイズがあった。

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