八灯

パリン

「ついに割れてしまったのね。」

「あんなにもあなたの事を大切に思っていたのに、私だけがあなたの見方だったのに..........」

「あなたは、壊れてしまった心のコップに何度も何度も水を注いで、割れた隙間から思いが溢れていく、あなたが痛い痛いと泣き叫ぶから、あなたが苦しいと蹲るから、私があなたに替わりにそのすべてを引き受けたのに。」

「あなたは、私を捨ててしまった。」

パリン.........

「もう私は必要ないのね?」

その問いかけには答えてくれない。

だってもうあなたは私の呼びかけに気づいてくれないのだから。

冷たく閉ざされた扉に私を閉じ込めて、割れてしまったコップに何度も何度も隙間を埋めようとするあなたを見守りながら、いつの日か私の問いかけに答えてくれるって信じてた。

パリン.......

店主「いらっしゃい。2名様ですね。」

店主「それでは御好きな席へどうぞ。」

女性客「あの.....。私1名です。」

店主「いいえ。2名様ですよ。」

女性客「?」

店主「あなたも入ってらっしゃい。話したい事、言いたい事あるのでしょう?」

キィ.....

重い音が鳴り響く。

女性客「......え?」

そこには私と似た....いいえ、幼い頃の私が立っていた。

店主「それでは、御好きな席へどうぞ。お客様。」

少女「はい。」

少し悲しそうな声で少女は答えた。

女性客「あなたは誰?」

そう問いかけたのだけど、答えてくれない。

心のどこかで、この少女を知っていると感じるのだけれど、思い出せない。

少女「................。」

女性客「お薬飲まなきゃ.....。」

そんな衝動に駆られた。

少女「どうして?」

女性客「.....。私ね、心が弱いのよ。だからそれを抑えるお薬なの。」

少女「もう....飲まないで。」

少女は消え入りそうな声でそう答える。

女性客「そういうわけにはいかないの。」

私はいつも常備している薬を探す。

けど、見当たらない。

女性客「どうして.....。」

店主「どうしました?お客様、何かお困りでしょうか?」

女性客「あの.....。お薬を無くしてしまって.....。」

店主「そうでしたか。それは困りましたね.....」

店主「しかし、そのお薬は本当に必要なのでしょうか?」

女性客「え?」

女性客「あれは、とても大切なお薬なの、あれがないと....私の心が持たないの。」

店主「本当にあれが大切なのですか?」

女性客「どうして?あれがないと、私は.......」

店主「私は?」

女性客「.........なんで苦しくならない.....の?」

少女「..........ねぇ」

不意に問いかけられたその少女の言葉に、私はドキッとする。

振り向いてみると、少女は大粒の涙をいっぱいに頬を濡らしていた。

女性客「あなた.....だったの?」

昔の記憶が蘇る。

私は小さい頃、二重人格と呼ばれる解離性障害に一時期なっていた。

辛かった時期を幼い頃の私は、どうにかそれで心を保ってきたのだろう。



少女「もう私は必要ないのね?」



私が一番辛かった時期に、最後に聞いた言葉。

私は少女の問いかけに答えることなく薬を飲み続けた。

次第に少女の声は聞こえなくなり。

一人で壊れてしまった心のコップを何とか元に戻そうと、溢れてしまった思いを何とか思いとどめようと、元に戻るはずもないコップの隙間を埋め続けた。それはやがて完全に壊れてしまい、私は今ここにいる。

女性客「ごめんなさい。」

少女「どうしてあなたが謝るの?」

女性客「私は、あなたに酷いことをした。」

少女「............」

女性客「ごめんなさい。」

少女「もう.....私は必要ないの?」

女性客「うん.......。」

女性客「今まで、ありがとう......助けてくれて.........」

女性客「私を支え続けてくれて....本当に.....ありがとう。」

少女「良かった。」

目の前で満面の笑みを浮かべた少女は、私の目の前から消えてしまった。

店主「こちら、白と黒のケーキと、ココアです。」

店主「白い部分は、チーズケーキとなっており、黒い部分は、ぶどうとマスカットのケーキとなっております。」

女性客「.......あの子と一緒に食べたかったな。」

店主「大丈夫ですよ。」

女性客「え?」

店主「あの子は、あなたであり、あなたもあなた自身なのですから。」

女性客「そっか。」


女性客「これから.....私はあの世に行くのでしょうか?」

店主「いいえ、あなたの人生はまだ終わっていませんので。御戻りになって頂けます。」

女性客「...........」

「大丈夫?」

また、あの懐かしい声が聞こえた。

女性客「うん。もう大丈夫。」

.....................

壊れたコップの音はもう聞こえない。

痛い痛いと泣くことも、苦しいと蹲る私はもういない。

あの子に心配されないように、私自身が強くなったって胸を張れるように。

何度も隙間を埋め続けたあの辛い日々の私はもういない。


ちりんちりん.,.....

店主「いってらっしゃいませ。また来てください。」

店主「今度は、あなたの人生の終点で。」

























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