社会的に持続可能な人道的で平和的な戦争と徴兵
瘴気領域@漫画化してます
社会的に持続可能な人道的で平和的な戦争と徴兵
「やったあ、徴兵に当選したぞ!」
エヌ君は自宅に届いた赤い封筒を見て小躍りした。これから2年間、国防軍で働けるのだから無理もない。この国では、徴兵は多くの若者が羨むものだった。
近年、先進国では若者の徴兵拒否が問題となっている。青春の貴重な2年間を軍隊での過酷な生活に捧げたくないというのがその理由だ。俳優やアイドルなど、若いうちから活躍する職業の人間もキャリアの中断を嫌う。
では、なぜこの国では徴兵が喜ばれるのか。
それは兵器の新鋭化によるところが大きい。国防軍広報によれば、今の戦地に生身の人間はいない。遠隔地からゲームパッドでドローンを操り、それにより相手ドローンや破壊目標を攻撃するのだ。操作者からすれば実質的にゲームと変わらない。
戦闘の様子はインターネットで生配信され、華麗な
敵ドローンは性能の劣る旧式の人型ばかりで、一方的に蹂躙できるのも爽快感があった。武器すら持たずに逃げ惑うだけの小型機も多く、エヌ君はとくにそれを追い回す動画を好んだ。
配信者への
要するにゲーム実況の配信者と同じなのだ。おまけに公務員として国から給料ももらえる。厳しい肉体訓練や行動制限もなく、これに惹かれない若者の方が稀なのも頷けるだろう。
さて、くだんのエヌ君だが無事国防軍に入隊し、初日から華々しい戦果を挙げた。市街地に隠れた敵ドローンを次々に撃破し、同期でダントツの成績を叩き出した。
どうやら天性があったらしい。普通機を4、小型機を11。これは初出撃としては新記録だった。
エヌ君は瞬く間に人気者になり、トップ層に上り詰めた。ゲーム感覚で戦争をしているだけで大金が稼げ、アイドルのような人気も得られるのだから、すっかり有頂天だ。
しかし、栄光の日々は長くは続かない。2年間の徴兵期間はあっという間に過ぎ去った。
「ああ、こんなに楽しくて稼げるのに。軍隊をやめたくないなあ」
除隊をひと月後に控えた頃、その希望に応えるかのように上官がエヌ君を呼び出した。
「君の成績は過去を通じてもトップクラスだ。ぜひこのまま軍務を続けてくれないかね」
「本当ですか!? ぜひ喜んで!」
「だが、正規入隊となるとこれまでとは勝手が違う。まずは試験をさせてもらおう」
「えっ、体力テストなんか無理ですよ」
「ははは、そんなのじゃない。ほとんどいつもと変わらないよ。ほとんどは、ね」
エヌ君は上官に命じられるまま、ヘッドマウントディスプレイを被ってゲームパッドを手にした。確かに今までと変わらない。
ただ唯一違ったのは、ディスプレイに映る敵が、武器を持った生身の人間だということだった。
「こ、これはどういうことですか!? 大丈夫なんですか!?」
エヌ君は慌てながらも適切にドローンを操作し、敵兵を殲滅した。
銃撃するたび、部品の欠片と金属油の代わりに、肉片と血液とが飛び散る凄惨な戦場だった。
「どうだ、これがこの戦争の真実だ。これまで敵兵の姿はリアルタイムでドローンに上書きしていた。しかし、それではどうしても一瞬のタイムラグが生じる。徴兵期間中はそれでもどうとでもなる地域での作戦が中心だったが、正規入隊後はそうはいかない。続けていけそうかね?」
試験終了後、上官は脂汗を流しているエヌ君に言った。
戦争の真実を知ると少なくない者が除隊を希望する。そうなれば将来有望な若者を処分しなければならない。今回もそうなってしまうのかと、汗まみれのエヌ君を見ながら、上官は心の中でため息をついた。
エヌ君はぜいぜいと荒く息をつきながら、かすれる声で答えた。
「あのう、これ、配信BANされないですかね? 残酷描写は規約的にマズかったと思うんですけど……」
上官は目を丸くし、それから満面の笑みを浮かべた。
「安心したまえ。配信映像はこれまで通り、敵兵がドローンの姿に上書きされるよ」
「なんだ、それならよかったです」
エヌ君はほっと胸をなでおろし、上官にも負けない晴れやかな笑みを浮かべた。
(了)
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