失敗した!

翡翠琥珀

これすら失敗するって何?

 ––––昼休み。

 花崎美香は、自分のデスクに突っ伏しながらどんと落ち込んでいた。今朝の朝食のことだ。


「ダメだなぁ〜やっぱり私って料理スキルないのかも……」


 とほほと落ち込む美香を見て、同僚の柏が心配そうに美香に話しかける。


「どうしたの、花崎さん。そんなに落ち込んで。何か嫌なことでもあった?」


 美香は顔を柏の方に向け、「いや〜それがね……すっごいしょうもない話なんだけど……」

と呟く。


「しょうもない話? それで落ち込んでるの?」

「うん、そうなんだ……まぁ話しても笑われるだろうけど」

「そんな! 花崎さんの話を笑うなんてしないって!」


 柏はそう言ってにこにこ笑う。柏は愛嬌のあって良いやつだし、職場でも

人気がある。


「じゃあ話すけどね……私、料理下手かも」

「ん? 料理? 料理ができないことで落ち込んでたってこと?」


 思い切って打ち明けた美香に、柏は目を丸くする。

柏はどんな反応をするだろうか。


「そんなことで落ち込んでるのか?」


 柏がそう言ってたははと笑った。


「料理下手って……そんなの、ちょっとしたことじゃないか。上達すれば

きっと上手になるだろ!」


 柏は、得意の笑顔でそう言った。やっぱり、柏ならそう言ってくれると思っていた。

美香は思った。しかし、問題は……


「料理っていうか、本格的な料理じゃないんだけどね。今日の朝食に、

マヨネーズと卵を乗せたパンを食べようと思ったのよ。マヨトーストって言えば良いのかしら?」

「うんうん。美味しそうじゃん! 今流行ってる食べ方なんだろ?

まず食パンの上にマヨネーズを囲うようにぐるりと回して、その真ん中に

卵を落として、それを焼いたら完成! っていうやつ?」


 美香が今朝食べたものの説明をしようとすると、柏が合いの手を挟んできた。

そう。美香が作りたかったものはそれだった。食パンの縁の内側にマヨネーズを

絞って、卵を割る。

そうしてオーブントースターで焼けば、美味しいマヨトーストの完成だ。


「話してたら食べたくなってきたなぁ……」

「でも、トーストの面積があんまりなくてね……。卵を落とそうとしたら

見事にズレて、お皿に落ちちゃったのよ」


 なるほど、あるあるだなぁと柏は思った。

しかし同時に、そんな失敗なら誰だってするだろと思った。


「そんなに気落ちすることないじゃん。誰だって失敗はするし。

その程度の失敗じゃないか」


 柏はそう言ってまた笑う。


「うぅ〜ありがとう! やっぱり貴方がいてくれて良かった!」


 美香は安心したようにため息をついた。


「ちょ、ちょっと声大きいって! 喜んでくれたのはよかったけどさぁ」


 柏は困ったように目を泳がせ、呆れたようにそう言った。


「そうだね。私、これにめげずにもっと頑張ってみるよ!」


 美香は柏の手をとってそう言った。


「それは良かった。……あの、手、離してくれる?」


 柏は少し引きつりながら、遠慮がちに言った。


「あ、ごめんごめん! つい……」

「あはは、全く、単純な奴だな〜。……そういうところも、可愛いんだけどな」

「え? 何か言った?」


 柏がぼそりと何かを言ったが、美香には聞き取れなかったようだ。


「いや、なんでもないよ。ほら、一緒に昼食べようぜ」


 そんな美香に、柏は微笑み、明るく声をかけるのだった。







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失敗した! 翡翠琥珀 @AmberKohaku

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