★16★ 聖少女像と妖精少女

 呪いの王ロイズの襲撃によりニルフィを連れ去られてしまった俺達は二階層へ辿り着いた。


 いろいろなことがあったが、すっかり元気になったアルフレッドとくだらない話をしながら進んだこともあってかあっという間に聖少女像の前に着く。


 それにしても転移床がちゃんと動いてくれてよかったよ。

 もしもこっちまで異常が起きてたら完全にお手上げだったからな。


「アルフレッド、ここらで一休みするぞ」

〈うむ。しかし、この石像どこかで見たことがあるのぉ〉


「聖少女像っていうんだ。ダンジョンのあちこちに置かれてるものだよ。不思議なことにこいつの周りにはモンスターが近寄らないんだ。だから安心して身体を休められる」


〈ほぉー、それはいい石像じゃな〉


 しかし、この石像を誰が作ったのかはわからないんだよな。

 ダンジョンができた時にはすでにあったとかどうとかという話があるし。

 まあ、実際どこまでが本当なのかわからないけどな。


「ひとまずここらへんで休もう。オイラ疲れた。きーっ」


 キッキーの言う通りだな。


 一回キャンプを張ったとはいえ、あれは緊急対応だった。

 ちゃんと身体を休ませた訳じゃないし、それにまだ眠っているクリスをしっかり休ませたいところだ。


 俺は背負っていたクリスを下ろし、キャンプを張ろうとした。

 だが、クリスの苦しげな表情を見て俺の気が変わる。


 さっきまでこんなに苦しそうな呼吸はしていなかった。

 よく見ると汗が異様に出ている。


 まさか、と思い俺はクリスの服を脱がせ腹部を確認すると、そのまさかは的中してしまう。


「これは――」


 ドクドクッ、と何かが蠢いている。

 ギョロリとした目があり、それは俺を見つめていた。


 明らかに異様な物体だ。

 おそらくこれは、ロイズの呪い。

 ゴンザレスとは比べ物にならないほど強力な呪いなんだ。


〈どうした? あ! おまっ、ズルいぞ!〉

「何がズルいだよ。よく見ろ、クリスがヤバい」

〈むむっ! これはとんでもなく強力な呪いじゃな。そうか、ロイズに攻撃されてたな〉

「このままじゃクリスがヤバい。どうにかでこないか?」


〈どうにかしてやりたいが、今ある魔法では回復させられん。かといって攻撃する訳にもいかんしな〉


 くそ、打つ手なしか。


 どうしたらいい?

 このままじゃあクリスが死ぬかもしれない。


 一か八か攻撃するか?

 いや、クリスは弱っている。

 そんなことをしたらまず耐えられない。


 俺はどうにか助けられないかと考える。

 だが、どれほど考えてもクリスが助かる未来が思い浮かばなかった。


 手詰まりだ。

 完全にしてやられた。


 俺がどうすることもできないまま時間が過ぎようとしたその時、誰かが声をかけてきた。


「あら、妙な気配を感じると思ったら冒険者ね」


 俺が思わず振り返ると、そこには一人の少女が浮いていた。


 漆黒のドレスに幻想的な輝く蝶の羽。

 赤い髪をポニーテールにしたその少女を見て俺は目を大きくする。


 なぜなら目の前にいる彼女は、滅多にお目にかかれない妖精族の一人だったからだ。


「あ、あなたは……?」

「ドリー。そう呼んでちょうだい。それよりその子、大変そうね。大丈夫なの?」

「あ、いや、手立てがなくてどうしようも――」

「ふーん、じゃあその子のために祈ろっか」


 祈る?

 今、そんなことしている場合はないぞ。


 俺がそんなことを言いかけた瞬間、ドリーと名乗った妖精少女は聖少女像の隣に立った。

 そして、にっこりと笑ってこんなことを告げる。


「大丈夫、この子なら助けてくれるから」


 聖少女像には不思議な力がある。

 しかし、呪いを払い飛ばすだけの力はあるんだろうか?


 俺は少し考える。

 少し考えて結論を出す。


 方法がないんだ。

 なら、やるしかない。


「わかった」


 俺はクリスのために祈る。

 助けてくれ、助けてくださいって。


 ただひたすらに助かってほしいと願い、祈る。

 彼女を死なせないで、彼女を生かして。


 何度も何度も祈る。

 時間がどのくらい過ぎたかわからないほど、祈り続けた。


 すると、暖かな光が俺達を包み込む。

 その光がじんわりと身体を温めていると眠っていたはずのクリスが声をかけた。


「シキ?」


 祈りが届いた、といえばいいんだろう。

 俺はクリスに目をやる。

 腹部にあった禍々しい目はすっかり消えており、どうやら助かったんだなって感じた。


「何してたの?」

「……助かってよかったよ」


 俺は何もわかっていないクリスを抱きしめた。

 クリスは少し恥ずかしそうにしていたが、すぐに諦めたのかため息をこぼす。

 そして、彼女は「ありがと」と言葉を口にした。


「礼を言わなきゃいけないのは俺じゃないさ」


 俺は助けてくれた妖精少女に顔を向ける。

 だが、聖少女像の隣に立っていたはずのドリーの姿はなかった。


 幻だったのか?

 そう考えていると、アルフレッドがこう言った。


〈懐かしい奴に会えたわい〉

「知ってるのか?」

〈ああ。彼女はシャーリーの友達じゃ〉


 何かを告げることはなく、何かお礼を受けることもなく、ドリーは消えた。

 妖精の気まぐれだったかもしれない。

 それでも、クリスが助かったことには変わりないんだ。


 だから、今度会ったらお礼をしよう。


 俺はそう心に誓いつつ、クリスのためにキャンプを設置したのだった。

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