★2★ 迷子の子どもを探して

 アルフレッドが勝手に無償でクエストを引き受けたため、俺はダンジョンに迷い込んだ子どもを探すことになった。


 ったく、勘弁してくれよ。

 こっちは慈善事業じゃないんだぞ。

 せめて今日の宿代ぐらいもらってくれよ。


 そんなことを心の中で愚痴りながら俺はダンジョンの入り口へ立つ。


 相変わらず頂上が見えないほど高い塔だ。

 さすが【ステラの星架塔】だな。

 名前通り、本当に星と地上を繋いでいるように思える。


〈シキ、何している。早く来んか〉

「わかったわかった。そんなに慌てんなアルフレッド」


 俺はアルフレッドに呼ばれ、ダンジョンの中へ入る。

 それと何となくかつて抱いていた夢を思い出した。


 いつかこのダンジョンを完全攻略する――


 日々の忙しさですっかり忘れていた夢だ。

 いや、目を逸らしていたといえばいいかな。

 まあ、俺にもいろいろあったから仕方ないことだ。


〈ほぉー、こりゃすごいのぉー〉


 俺がちょっと昔のことを思い出しながら進んでいると唐突にアルフレッドが叫んだ。

 目を向けるとそこには美しい青空と雄大に広がる森林と平原がある。


 響き渡る小鳥の囀りは俺達を歓迎しているかのようであり、低い雄叫びで地面を揺らす狼の声が俺達を拒んでいるようにも思えた。


 第一エリア【ハジマリの森】だ。

 様々な獣や虫を模ったモンスターが生息している場所だ。

 確か、十階層までこの森が続くんだったな。


〈こりゃ壮大だのー〉

「そうだな。っで、どうやって迷子を探すんだ?」

〈これだけ広いと困りものじゃ。ま、どうにかなる〉


 そういうとアルフレッドは本である自身の身体を開き、ページをペラペラとめくり始めた。


 何をするつもりだろうか?

 何となく様子を見守っているとひとりでにめくられていたページが止まる。

 そのまま俺の手元へ移動し、アルフレッドはこんなことを告げた。


〈声に出して読め〉

「は? なんで?」

〈鈍い奴じゃのー。魔法を発動させるために決まってるだろう〉

「魔法って、何バカなこと言ってるんだよ。魔法を発動させるには媒体となる魔石がいるだろ。お前は変だがそんな媒体がない本だ。発動するはずない」


〈柔軟性に欠ける男だのぉー。それでは女の子にモテんぞ!〉

「うっせぇ黙れ! 関係ないだろ!」

〈いいか、やれと言われたらとにかくやってみろ。それでダメだったら文句を言えばいい。ということで読んでみろ〉


 なかなかにしつこい奴だな。

 まあ、こいつが言うことに一理あるか。

 とにかくやってみて、ダメだったら文句を言ってやろう。


「わかった。じゃあ読んでやるよ」


 俺はめくられたページに視線を落とす。

 そこに記された文字を追っていくと、それはそれはなかなかに過激なことが書かれていた。


「おい、こんなの読ませるのか?」

〈こんなのと言うな! ワシの夜の経験だぞ!〉

「お前の性事情かよ! 余計に目に悪いわ!」

〈ええい、これだから男は! 女の子ならかわいい反応するってのに、なんじゃなんじゃお前は!〉


 こっちが言いたい言葉だよ。

 あー、余計に読みたくないな。でもまあ、仕方ない。

 読まないとこいつの気が収まらないみたいだしな。


 俺は肩を落としながら改めてアルフレッドの中に記された文字に目を通す。

 そして、とても面倒に感じながらアルフレッドの記憶を声に出して読んだ。



追いかけても追いかけても彼女には追いつかない。

ああ、こんなにも熱い想いで胸が焦がれているのに。


早く君を抱きしめたい。

抱きしめて顔を胸に埋めたい。

その大きな乳房に埋もれながらキスを味わいたい。


君の、君の全てを味わい尽くしたいんだ。


なのにどうして君は逃げるんだ。

どうして私から顔を背けるんだ。

こんなにも君を、私は愛しているのに。


もう逃さない。

たっぷり私の愛を受け入れてくれ。

熱い熱い想いを、私の想いを。


受け止めてくれ! 



〈懐かしいのぉ。こやつにはいつも逃げられていたわ〉

「なぁ、挿絵は消してくれないか。目に毒なんだけど」

〈ホント懐かしいわ。やっとのことでこぎつけたんじゃが、その後すぐに逃げられたわい〉

「なあ、聞いてる? 聞いてるかアルフレッド?」


 俺の文句を無視してアルフレッドは黄昏れていた。

 というかなんだよこのポエム。挿し絵がすごいエロいうえにドギツいのに、文章は着飾ってるじゃねぇーか。


 つーか魔法は?

 発動した感じがないんだけど。


「ん? なんだこれ?」


 俺がアルフレッドに文句を言おうとした瞬間、開かれていたページに何かが浮かび上がる。

 円があり、十字が引かれてて、右上になんか点滅している点が一面に出てきた。


 なんだこれ、っと思っているとアルフレッドは答えた。


〈捜索魔法【イマドコ】じゃ。十字の真ん中が現在地、点滅してる点が探してる存在というところじゃよ〉

「なるほど、つまり点滅してる点を目指して進めば迷子を見つけられるってことか」

〈そういうことじゃ〉

「確かに便利だな。でもなんか地味じゃね?」


〈地味とはなんじゃ地味とは。そもそも派手ならいいという訳はなかろう!〉

「いや、まあそうなんだけど」

〈なら文句を言うな! このバカちんが!〉


 アルフレッドの言う通りだ。

 だけど、あの恥ずかしいポエムを呼んでこれっていうのはなんか納得できん。


 そうだな、もし次があるなら派手な魔法を使わせてもらおう。


 そんなことを心の中で決意しつつ、俺はページに表示された魔法陣を見ながら進んでいく。

 しかし、どんなに歩いても迷子の子どもは見つからない。

 ページを見ても近づいている感じもしないから、もしかしたら結構奥に進んでしまったかもしれないな。


「――――」


 そんなことを考えながら歩いていると、遠くから人の悲鳴らしき声が耳に入ってきた。

 なんだ、と思って顔を上げるとアルフレッドが騒ぎ出す。


〈この声は、助けを求め泣いている女の子の声じゃ!〉

「はぁ? 確かに人の声だけど――」

〈征くぞシキよ! 女の子にいいカッコを見せるぞ!〉

「いや待て! それよりもクエストだろ!〉


〈うるさい! とにかく征くぞ!〉


 急にアルフレッドが動き出したため、俺は渋々それに従って走る。

 またアルフレッドに引きずり回されるのは懲り懲りだからな。


 それにしても本当に女の子の悲鳴か?

 そんな風には思えなかったけど。


〈ここじゃ!〉


 アルフレッドに連れられて辿り着いたのはなんだか暗い森の中だった。

 明らかに危険そうな場所なんだが、本当に人がいるんだろうか。


「だ、誰か助けてぇぇ!!!」


 そう思っていると女の子の叫び声が耳に飛び込んできた。

 声がした真上に顔を向けると、そこには大きなクモの巣がある。

 そのクモの巣に引っかかり、動けなくなっている女の子の姿があった。


〈おお、やはりおった!〉

「マジかよ」


 本当に女の子がいたよ。

 なんかアルフレッドが怖くなってきたんだけど。


〈待ってろー! 今助けてやろう!〉


 アルフレッドが女の子を助けるために声をかける。

 だが、その瞬間に上から何かが降りてきた。

 それはまっすぐとアルフレッドへ突撃し、鋭い牙で噛みつこうと迫る。


「アルフレッド!」


 俺は思わずアルフレッドを掴み倒れ込んだ。

 おかげで攻撃を躱せたよ。


「カチカチカチカチ――」


 人の身体の三倍はある巨躯。

 八本の足は不気味に蠢いており、アルフレッドへ向けた牙は狂ったかのようにぶつけられている。


 不気味な黄色と黒で染まった体表が危険さを物語っており、俺達を覗き込む複眼が気味悪さを醸し出していた。


「ガガガガガガッッッ――」


〈な、なんじゃこいつは!〉

「テイオウグモだ! 気をつけろ、こいつは猛毒を持っている!」

〈猛毒じゃと! なんつー厄介な〉


 確かに厄介だ。だが、問題はそこじゃない。


 なんでもっと上の階層で出現するモンスターが、一階層にいるんだ。


 マズいぞ、全然準備してないから対策できていない。


 どうする?

 撤退するか?

 いや、そもそも逃げられるのか?

 上級パーティーで苦戦するモンスターだぞ。


 俺はどう動くべきか考える。

 しかし、この窮地にも関わらずテイオウグモにケンカを売るバカがいた。


〈この畜生! 女の子を解放しろ!〉


 アルフレッドの言葉が通じたのか、それとも単に気に入らなかったのかテイオウグモは大きな雄叫びを放った。

 見た感じだと怒っている。


「くそ、やるしかないか!」


 俺は剣を抜く。

 生き残れたらラッキーとも言えるモンスターと対峙した俺は、とにかく生き残ることを考えていた。


 だが、アルフレッドは違う。


〈やるぞシキ! 奴をギャフンと言わせるぞ!〉


 こうして俺達は捕まった女の子を助けるためにもテイオウグモと戦うことになる。


 ホント、生き残れるかな俺……

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