Ep3-闇夜の針

「ーーぁ……れぇ……だれ!! 」

怖くて舌が回らない。それでも絞り出して叫ぶ。だが帰ってくるのは夜風で伝染する木の葉が揺れる音だけだった。一体誰? 何で攻撃するの? 何でこんなに血が出てるの?なんでこんなに……怖いの?そんな考えで頭を掻き回された。

「ーーこんばんはぁ……からのさよんならだ! 」

声と共に針が飛んできた。夜中だから針の正確な位置が分からない。肩を抱えながらも命からがら横に全力で飛んだ。

「ーーッチ! 急所を外すとは俺ながら情けねぇなぁ! でもすぐに殺してねぇってことはつまり俺情け深いなぁ! 」

やっとこの意味のわからないことを話している声の主を確認することが出来た。見た目は背が高くスマートな体つきの男。旅人のようなボロボロの黒色の服装。体のそこらかしこから見える服から先端がはみ出した針が月で反射していた。そして狩人のようなフードを被り隙間から見えたのは自分とは違う薄紫色の肌の顔。何を考えてるのか分からない紫色の濁った瞳。ニヤリとした口元に見えた歯はギザギザしていた。とにかく相手の意向を聞く。

「何で攻撃して来るの!? 僕が何か悪いことをしたの!? 」

この質問に声の主は顔を歪ませるほど困惑した表情をしていた。

「……?……変なことを聞くんだな? 悪ぃ事っつったらひとつに決まってんだろ!? お前が人族だっつぅ事だ! 」

「人族…?」

帰ってきた答えでは僕の疑問を解くことが出来なかった。人族って何?それって僕を殺すような理由になるの?考えてもいても闇夜の針は飛ばないことをしらない。考えることより今は生き残るために……!

「あ? おい! 待ちやがれこの野郎!! 」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

どれだけの時間が経ったのだろう。とにかく逃げて逃げて逃げ続けた。息はすでに限界。何度も倒木に引っかかり転びそうになった。足の爪は全て割れた。幾度となく宙を舞う死神の針は今も彼を追いかける。ナイフとも言えるような草むらで擦れた肌は赤く染まり右肩も感覚が無くなっていた。元々青かったはずの服は既にビリビリで傷口から出た血が滲んでいる。あぁ……最悪がもう目の前に迫っているらしい。

「ゼェーーハァーーゼェーーハァーーゴッホ!ゴッホ!これが運の尽きってやつなのかな……でもある意味運がいいのかも……」

生き延びることだけを考えて逃げてきた先は左右には体を血だらけにした草むら、後ろから追ってくる死神のような男。そして目の前には簡単にこの地獄を終わらせることが出来る崖があった。早くこの地獄から抜け出したい。この恐怖から開放されたい。痛いのかなんか嫌だ……嫌だ……

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……これ以上苦しむくらいならいっそここから…………………

僕は命を自ら絶とうとした。あの人に捕まるくらいなら。そう思って崖という処刑台へ踏み出してあと一歩というとこだ。

「な…… き…… い…… ん…… た…… の…… の…… み…… こ…… じ…… め」

また僕の知らない記憶の断片が流れてくる。一体何を言ってるのか。いつ、誰の言葉かもわからない。これ以上に読み取れる情報もない。でも、言葉の意味が分からないのに励ましに聞こえるんだ。ただただ心が暖まる。そして頭の中にはたったひとつの感情に染まっていた。そこに地獄を作った張本人も僕に追いつく。

「ーー随分逃げてくれたな〜?お互いこれ以上遊んでも疲れるだけだぜ? な! 終わらせようか……」

あいつが言葉の終わりにかけて声のトーンが下がっていくのがわかる。あいつはもう殺す準備ができたみたい。でもね、ようやく僕も決心出来たんだ。

「………たい……生きたい」

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