異常食欲者5
どんよりと濁った空気が部屋中に張り詰めている。
パタ...パタ...パタ...パタ...
規則的に響く足音。
少しづつ足音が大きくなるにつれて、陰鬱な空気は際限なく高まっていく。
ジルは全身から嫌な汗が止まらず、
ダイニングテーブルの上は水浸しになっている。
ちょっぴりアンモニア臭が漂っているのは気のせいではないだろう。
一瞬で喉がカラカラになり、身体が水分を求めている。明らかに異常だった。
身体の全細胞が危険信号を出している。
それは一瞬だったのか、一生だったのか、限界まで引き伸ばされた体感時間に終わりを告げる音が響く。
ガチャ....キィィィ....
ドアが...開いた。
「あんた、これで301回目だね。このアタシが気付いてないとでも思っていたのかい?」
静かに、ただ静かに。
しかしただならぬ強い想いが籠った声で淡々とミチコが口を開いた。
目が吊り上がり、憤怒の表情を浮かべるミチコの顔は、まるで鬼のような形相であった。
蛇に睨まれたカエルのごとく、
ジルは恐怖で指先一本すらも動かせずにいた。
(やばいやばいやばい・・・・・・想像以上の相手だ・・・おしっこ漏れたわ・・・死にたい・・・というかそんなナン百回もミチコん家でごはん食ってねぇぞ!まだ9回目だ!たぶん)
彼は心の中で叫んでいた。
「あら、そんな四つん這いになって随分と縮こまっちゃって。そんなに心配しなくても大丈夫よ。アタシのフライパンであんたは痛みを感じる間もなく土に還るからサ」
ミチコはそう言うと、エプロンの後ろからフライパンを取り出し、バッターボックスに立つ野球選手のように両手で構えながら言う。
構えたその瞬間、ミチコからの放たれる威圧感は限界にまで達し、常人では意識を失う程の圧がジルに向けられた。
そしてミチコはその構えのまま、時速100kmにも及ぶであろうものすごい勢いでジルに迫ってくる。
上半身の構えを動かさずに、足だけで近づいてくるのがとても不気味だ。
(無理無理無理無理勝てない死ぬ死ぬどうしようどうしよう!!謝るか!?いや絶対に聞く耳持ってくれない!詰んだか!・・・ッ!?)
潔く敗北を認めようと思った刹那、脳裏に謎の映像が電流のように駆け巡った。
それはミチコと今と同じように対峙している映像。
(・・・なんだ・・・これっ。つーか頭イテェ・・・今のは数瞬先の未来ってことか・・・?だとしたら打開出来るかもしれねェ!)
現実の時にしてほんの一瞬の思考。
しかし、彼が纏う雰囲気はまるで別人のように変わっていた。
そして、瞬時にジルは動き出した。
四つん這いの体制のまま、彼の方からあえて一瞬で間合いを詰め、ミチコの顎に強烈なアッパーをくらわせた。
「ん゛モオオオツツツツ!!」
牛の様な悲鳴をあげながらミチコは宙を舞う。
ミチコの絵画のように整った顔面が、痛みで醜く歪んだ。
「俺の邪魔をするからだ!行動が見え見えなんだよ!このクソババア!」
ジルは不法侵入したあげく、人の家のごはんを勝手に食べた事は全て棚に上げ、勝ち誇った表情で言い放ったのであった。
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