ご近所さんを探そう
「ん?」
小川の水面を眺めていたオレは、流れに乗って漂っている
「……食器?」
水面に浮いていたのは、木のフォークだ。
フォークが先端がふたつに分かれていて、取手に赤い色がついている。
手を伸ばして拾った俺は、それをしげしげと眺めてみる。
「うん、どうみても人の手で作られてるな」
フォークの造りは簡素で野性味あふれている。
みようによっては、勝手にこの形になったとも思えなくもない。
しかし、自然のイタズラが色まで塗ったとは考えにくい。
人が作ったものに間違いないだろう。となると――
「……この川の先に人がいるのか?」
<いるるー?>
フォークをみたノワは体の一部を伸ばし、小首をかしげている。
なんか、以前より感情表現っぽい動作が増えてる気がする。
そうだ! このフォークの主は、もしかしたらノワの元の飼い主かも知れない。
ちょっと本人に聞いてみるか。
「ノワ、このフォークに見覚えない? これを使ってたのが『てけりり』さん?」
俺はフォークをノワにかざし、問いかけてみた。
するとノワはぷるぷると震えた。
<てけり・り・ない! えるるー!>
「えるる? それがフォークの持ち主ってこと?」
<えるる! えるる!>
「ふーむ……?」
ノワの言葉はどうも要領を得ない。
まだまだ完全なコミュニケーションを取れるほどの知能じゃないようだ。
動物としては賢いんだろうけど……。
「考えてもしかたないか。小川の上流にいってみよう」
<いくるるっ!>
この地に住んでいるのは俺だけじゃない。
それがわかっただけでも、だいぶ気が楽になった。
水筒に水を入れた俺は、上流を目指して歩き始めた。
これは初めての遠出になる。
少し不安だが、川に沿って歩けば丘陵を見失うことはないだろう。
小川を登っていくと、地面に少しずつ傾斜がついてくる。
それと草が減って、岩が増えてきた。生えている木々もまばらだ。
「……この切り株、自然に折れたものじゃないな」
歩いていると、切り株を見つけた。
これは近くに集落がある兆候だ。
木々を燃料や建材にするために木を切ったのだろう。
オレはより多くの情報を求め、切り株の断面を確認してみる。
「段差がついてるけど鮮やかだ。斧じゃない……たぶんノコギリかな?」
切り株の断面には小さな段差がある。しかし、切り株の断面自体は乱れがなく、整っている。 斧を何度も振り下ろして伐採したなら、たぶんこうはならない。
「ノコギリには違いない。材質はおそらく鉄。となると、そこそこ文明は進んでる」
段差があるということは、両側から一回づつノコギリを入れたな。※
※両手挽鋸:巨大なノコギリ。2人がかりで両端を持って使うノコギリで、太い木を加工するのに使われた。西ヨーロッパでは15世紀頃に普及する。
「原始人やモンスターじゃないなら、取引や交換ができるかも」
<こうかかー?>
「うん、交換、交易だね。お互いに物を出して、欲しいものと交換することだよ」
<もののー! ノワ、ものあるー!>
「ん? こんなモノ、いったいどこで拾ったの?」
ぽいんぽいん跳ねるノワは、体の先端に
いつ手に入れたんだろう?
心当たりがあるのは……イノシシを食べた時くらいか?
「まさか、オレにくれるのか?」
<てけり・り!>
オレはノワからボールを受け取った。
その球体に触れてみると石のように硬く、金属のように冷たい。
重さは同じ大きさの石と同じくらいだろうか。
ボールの鮮やかな茜色は夕方、水平線に沈んでいく太陽のように鮮烈だ。
手に持って見つめていると、目がすこしチカチカする。
「……うーん、まるで価値がわからん。でもまぁ、ありがとうノワ」
<ありりー!>
ノワはどことなく嬉しそうだ。
人の役に立つのが嬉しい。ノワはそんな純朴な人柄(?)をしているんだろう。
オレは切り株を通り過ぎ、さらに小川をたどって進む。
すると風景が一変してきた。
「……妙だな。いくら燃料が必要だとしても、ここまでするかな?」
地形の様子がおかしい。より正確に言えば、地面の状態がおかしい。
草がいきなり消えて、表土がむき出しになっている。
まるでなにか――巨大な生き物に地面をなめ尽くされたような……。
「うーん、畑をつくるために土を起こしたわけじゃなさそうだ」
というのも、土のある場所だけでなく、砂地でも同じように草が一掃されているからだ。畑をつくるためなら、ここまでする必要はない。
まるでそう……全て洗いざらい持っていくのが目的といわんばかりだ。
違和感しかない光景に、オレは妙な緊張感を感じていた。
一体何が起きている?
<かえるる! くとぅー、かえるる!>
唐突にノワが叫んだ。「かえるる」は帰ろう、か?
その声は切羽詰まっている。
今までに一度も聞いたことのない、悲痛な声色だ。
「――あ、あぁ。そうしようか……」
草をえぐり取られた異常な地面。
これまでにないノワの反応。
異様な出来事の連続に、オレは猛烈に嫌な予感がしてきた。
早く家に帰ろう。
そうして小川を振り返ろうとしたその時だった。
<ゴゴゴゴゴゴ……ッ!>
「なっ、地震?! こんなときに……!」
地面が揺れ、とても立っていられなくなる。
同時になにか、妙な匂いがしてくる。甘く、酸っぱい匂いだ。
匂いはどんどん強くなり、息苦しくなる。
口と鼻の前に見えないスポンジの塊を置かれたようだ。
息が詰まる。このままだと窒息してしまう!
オレは腹に力を込めて息を吐き、無理矢理にでも呼吸をする。
匂いが最高潮に達したときだ。
地面がひび割れ、ピンク色の泡が吹き出してきた。
オレは直感した。匂いの正体が現れたのだ。巨大な海綿体のようなそれは、表面に黄色と
いや、木の根の中にはなにか液体が流れている。そうか、これは血管なのだ。この存在はあまりにも巨大すぎるため、泡が鼓動を刻むと周囲の空気までも振動する。
低く重い空気の振動は、近くにいたオレの脳を揺らす。
三半規管が狂い、ひどい吐き気までしてきた。
ダメだ、もうここにはいられない。生命の危険が迫ってる!!
オレはノワを連れ、小川を下ってこの悪夢から逃げようとした。
しかし、振動とともにまたもや泡が現れ、オレたちの逃げ道は塞がれてしまった。
「クソ、いったん丘を登って
無理やり通り抜けようとすれば、肉の鼓動に脳を打ちのめされてしまう。
オレは比較的泡の少ない丘を回って、小川に戻ろうとした。
「なんだ、あれ……」
小高い丘をのぼり、オレは小石だらけの土の上に立った。
すると、視界がひらけて周囲の状況が明らかになる。
眼の前に広がっていた異常な光景を前に、オレは息を
丘の先は中世ヨーロッパ風の街があった。赤レンガの城壁に囲まれ、家々は石造りで屋根に色とりどりのスレートを
しかし、その美しい街はいまや汚らわしい肉の泡に飲み込まれていた。
町の中央には、ひときわ高い時計塔がある。
しかしその時計塔はもはや時を刻むことなく、肉塊に
「……!」
時計塔の中腹を見たオレは、息を呑んだ。
脈動する心臓。
それが肉の街に鎮座していた。
・
・
・
※作者コメント※
悲報:ご近所さんすでに手遅れ。
こいつ、ぜったい序盤に出てきていいやつじゃねぇ…
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