スローすぎるライフ

 次の日、オレはテントの中で目を覚ました。

 朝食にカロリー◯イトをむさぼると、後は何もやることがない。


 家の中に寝転んで、テントの隙間から空を眺めていた。


 これが念願のスローライフ、か……。

 文明を離れた大自然の中、ネットもスマホもない。


 SNSで遠い世界で起きたことに憎しみを抱き、見知らぬ人間の不道徳に怒りをぶつける。そうした仄暗い娯楽とは無縁の穏やかな世界だ。


 ここには人間同士の争いが存在しない。

 なんてったって、オレとノワしかいないんだから。 


 オレは寝袋を丸めて枕にすると、空を流れる雲を見つめた。


「……雲っていろんな形があるんだなぁ」


 羊雲、サンタクロースのヒゲみたいな雲。

 色んな雲が集まっては流れ、くっついて、消えては生まれる。


「…………。」


 雲、空、風。スロー……ライフ。

 いや、いくらなんでもスローすぎるわ!!!


 しまった……現代人の負の側面が顔を出した。

 元の世界には、無数の娯楽が存在していた。

 それこそ人生のすべてを費やしても消費しきれないほどにッ!!


 その刺激に慣れ親しんだオレにとって、スローライフは……退屈すぎるッ!!


 現代において、雲が流れるだけの映像は、1分も持たない。

 いや、1分どころか、10秒続いただけで放送事故と思われるだろう。


 雲が流れるだけの景色。

 それだけで24時間、1440分の時間を過ごせというのか!

 余りにも酷……ッ! 拷問めいた時間……ッ!


「あまりにも穏やかすぎる……いや、平和なのは全然悪いことじゃないんだけどさ」


<わるるー?>


「あ、ノワ。 今日はお仕事じゃないよ」


<おしごと・ないー?>


「うん……そうだな、散歩にでも行こうか」


<さぽぽー!>


 動けば少し気が紛れるかもしれない。

 オレはノワを連れて散歩に出かけることにした。


「そういえば……ノワ、なんか小さくなってない?」


<ちささ! てけり・り! した!>


「うーむ。なんて言ってるか、まるでわからん。」


 先日、イノシシを平らげた時に比べると、ノワが小さくなってる。

 ……食べた分を消化したってことなんだろうか。


 まぁ、あのまま際限なく大きくなられても困るし。これはこれでいいか。

 別に分裂したとか、そういうわけじゃ無さそうだし……。


「ま、いっか。行ってくるわー」


 物言わぬ同居人であるピラミッドに手をふって、オレはテントから出た。

 おっと、ほっつき歩くだけだが一応水筒は持っていこう。


「しかしまぁ、何もねーなー」


<ねーななー!>


 少し足を伸ばしてみたが、ただ青々とした草原が広がっているだけだ。

 同じ風景、同じ静けさ、同じ空気だ。

 散歩していても、余りの変化の無さに少々退屈してきた。


「我ながら、贅沢もんだねぇ……」


 ふと、オレは何気なく足元の草を蹴った。

 草を押しのけると、小さな花が地面から顔を出していたのを見つけた。


 花は五角形の青い花弁が5つならんで、中心が白くなっている。

 異世界の花だけあって、見慣れない雰囲気がある。


 オレはその花を摘んでみることにした。

 その場にしゃがんで花を手折たおると、細いくきは小気味よくプチンと切れた。


「異世界の花か……」


 鼻に近づけて香りを嗅いでみると、強いみつの香りがする。

 人工的に作られた芳香剤とはまたちがう、ほのかで上品な香りだ。

 嗅いでいると何故か、すこしほっとした気分になる。


「うん、わるくない」


 オレは花を持ちながら歩き続けることにした。

 ほかにも何か、新しい発見があるかもしれない。そう思ったからだ。


 そういえば、まだ見てない方向があるな。丘から見て左右、森のある方角は見て回った。しかし何も無い方、丘の上下はまだみてない。


「ふーむ……このまま先、下のほうからいってみるか」


 オレの散歩ルートはちょうど丘の下にむかう形になっている。

 そのまま丘陵を下っていくと、小川が見えてきた。


「お、川じゃん!」


 まさかの川だ。

 そういえば、オレはまだ水源を見つけてなかった。

 これで水問題は解決か?


 小川に近寄ってみると、水は透き通っていて臭いもない。

 水底では、水面を通りすぎた陽光に照らされた小石がキラキラと光っている。


 オレは川のフチで腰を曲げて、花を持ってない左手を水に浸してみた。

 水は冷たくて気持ちがいい。


「うひー! ちべたい!」


<さーかなー!>


「お、魚? ほんとだ!」


 ノワの言うとおりだった。

 川岸にあぐらをかいて座り、水面を見つめると、小魚が泳いでいる影が見えた。

 魚の影は、小川の向こう側、小さいがけのようになった場所にいる。


 そこは小川がゆるくカーブしている場所だ。

 なるほど。小川がカーブして流れが早くなると、岸が水に削られる。

 あの小さな崖は、水の流れでできたんだな……。


 オレはしばらくノワといっしょに水面を眺めていた。


 スローライフってのは、ただ静かに時を過ごすだけじゃない。

 新しい発見をすることでもあるんだな。ふと、そんな事を思った。




※作者コメント※

穏やかすぎると、かえってフラグにしかみえない?

はい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る