第38話

 翌日、おれは王都の酒場で知り合いの狩人と会っていた。

 彼とは冒険者時代からの知り合いで、何度も研究につきあって貰っている仲であり、また彼のために魔法をつくったりもしている。


 臭いの魔法とかね。

 あれはもう、彼のための魔法、という感じじゃなくてベストセラーのひとつになっちゃったけど。


 で、その彼に、闇市について訊ねてみた。

 こちらが求めているのは、闇市に出ていた品の出所を知ることであることも伝える。


「難しいな。あそこはさまざまな団体の権利が入り交じっている。それゆえ、使いやすいというのもあるのだが……」


 彼のような普通の狩人であっても、闇市を使うことはままあるのだという。

 確かに、王都で堂々と開いている闇市ということは、相応の後ろ盾があるはずだよなあ。


「具体的に、何が障害になる?」

「どの商人からモノを買ったのか、まずそれがわからんと話にならん」

「それについては、何とかできる目処がある」


 クルカニウム鉱石を買った者からの聞き取り調査で、買った場所と商人の外見の情報は得ていた。

 もっとも、闇市では開催されるたびに商店の場所が変わるし、同じ商人がまだこの町にいるとも限らないわけで……。


「次に問題になるのは、その商人の後ろ盾になっているのは誰か、だ」

「後ろ盾か……」

「そもそも、闇市というのは、表の流通に乗せられない品を扱うものだ。表はギルドや国の規制でがんじらがめだから、新規参入も難しい。手っ取り早く一旗上げようとすれば、裏にまわらざるを得ない。王家は闇市をこの国の発展のための必要悪と捉え、これの管理をいくつかの貴族家に任せた。そういう経緯は知っているな?」


 ごめん、半分くらいしか知らなかったわ。

 いやほら、おれの研究成果は最初からそのへん、学院が管理してくれてるからさあ。


 学院、後ろ盾が王家だから、ギルドに対しても強く出られるっぽいんだよね。


「おれが学院抜きで商売しようとすると、闇市を頼るしかない、ってことか」

「おれとの直接取引なんかは別だが、大々的にやろうとすればそうなる。もっともおまえの場合、臭いの魔法の製作者として冒険者ギルドか狩猟ギルドに持っていけば、諸手を挙げて歓迎してくれる気がするが……」

「おれが無名の場合は、どのギルドも相手にしてくれないからってことね」

「そういうことだな」


 そのあたりの不便さは、よくわかる。

 あちこち旅してきて、ちょっと小銭を稼ぐかーってときに、あれこれと壁となって立ち塞がる閉鎖的なカルテルって何度も見てきたからね。


 学院がそのへんの面倒をすべて解決してくれるというのは、おれにとってとても魅力的だった。

 この国に腰を落ち着けた訳のひとつでもある。


 組織に属していない個人というのは、何につけても不利を被るものなのだ。


「闇市はそのような場所だから、商人にも信用の担保が必要だ。後援となる者が、その信用を担保する。建前としては、そういうことになっている」

「本音では?」

「よほどのことがなければ、闇市の商品に関するクレームなど受けつけてくれまいさ。だからこその闇市だ。もっとも、悪質な商人は高い確率で後援者から見限られるから、商人の側も派手な悪さはしない。ということになっている」

「実際は建前よりも無茶をしている、と?」

「後援者は商人の上前を撥ねる。商人が稼いで来るなら金の出所は問わない、という後援者もいるだろう。おれはそのあたりに詳しいわけではないが、噂はたまに耳にする」


 まあ、後援者は黙っていれば金が入ってくるんだから、自堕落にもなるというものか。

 王家もそのへんもわかっていて、でも国が直接関与するわけにはいかず貴族に任せた利権だから手出しができないというところか。


 たぶん、その貴族から王家にキックバックもあるんだろうし。

 姫さまが口を濁すって、つまりそういうことですよねー。


 王族の誰かが元締めで、手が出せないってことだ。

 あーあー、政治って嫌だねえ。


「そのうえで、商人から流通ルートを直接聞く、というのは悪くない判断だろう。方法も思いつく」

「ほう? おれにはさっぱりなんだが……」


 狩人は、何言ってるんだこいつ、という顔になった。


「おまえは、もっと自分に自信を持つべきだな」

「それはよく言われるが……根性論は好きじゃないんだ。自信を持ったところで、次の実験に成功するわけじゃない」

「そういうことを言っているんじゃない。自分たちの実績を、看板を信じろということだ。学院がその石に興味を持っていて、実験素材として欲している、という噂が流れれば、商人は勝手に学院に行くだろうさ」

「そんなことでいいのか?」


 狩人は、深いため息をついた。


「おまえは時々、自分たちの影響力を過小に考えてしまう悪い癖があるな。狩人の間で有名な事実として、ひと儲けするならいま学院が注目する素材を集める、というのがあるほどだぞ」


 あー、それは、そうか。

 多くの研究者が欲しがる素材であれば高騰する。


 それをいち早く察して納品できれば、学院から直接、依頼が行くかもしれない。

 そうして、目の前の男も学院の内部に入る許可証を持っているわけで。


 それは割と、この地の狩人にとって名誉なことであるらしい。

 彼のような人物だからこそ簡単に出せる答え、ということだ。


「これまでの学院の積み重ねが、そういった評判になったんだ。おまえも含めて、研究者たちはもっとそれを誇るべきだ」


 なるほど、なあ。

 過去の業績より、いまやっていることの内容を知って欲しいが……それは部外者には関係ないことか。


「いっしょに募集の文面を考えてくれないか」

「いいだろう。おまえにはいくつも借りがあるからな。ここでまとめて返すのもいいだろうさ」

「まとめるな。ひとつずつ返していけ」


 互いにあれこれ言い合いながら、羊皮紙にメモしていく。

 うん、この方法で上手くいけばいいんだが……。



        ◇ ※ ◇



 計画をメイス教授に話したところ、快く承認してくれた。

 軍人側も鉱石に関するいくつかの特徴を隠すことでOKとのこと。


 まあ、軍事利用できるとわかったら高騰しちゃうだろうからね。

 そうなる前になるべく数を確保したい、という点では軍人側と研究者側の意見は一致している。


 さっそく研究用の予算を使って広報してみた。

 結果……。


 うん、実のところ、ちょっとだけ疑問があったんだよね。

 友人の狩人を見くびるわけじゃないし、彼らの知識と知恵には深い敬意の念を抱いているのだけれど、だからといって彼らがぽっと思いつくことを姫さまが思いつかないものかなあ、と。


 ましてやこれは、どちらかというと政治的な分野である。

 アイデアくらいはあったんじゃないか、と。


 そして、そのアイデアをおれたちに開示しなかったのは何故だろう、と。

 もう少しよく考えて見るべきだったのかもしれない。


 後知恵である。

 つまりは、まあ、おれたちの思ったように上手くはいかなかったのだ。


 学院の入り口に、ものすごい数の商人が集まっていた。

 くだんの鉱石を見つけた、どうか高値で買い取ってくれ、とやってきた商人が、朝から五十組。


 しかもその数はぞくぞくと増えている。

 何とかしてくれ、と学院の門番から苦情が来るにあたって、メイス教授も顔を青くしていた。


「稀少な鉱石がそれほど多く存在した、ということか……?」

「いや、大半は偽物でしょう。あわよくば小銭をせしめてやろう、駄目でも学院の有力な研究者とよしみを持てれば、と下心を抱いているのではありませんかな」


 軍人側の代表であるクルンカの祖父が、ほっほっほ、と呑気に笑う。

 東方から輸入した茶を、おいしそうに飲んでいた。


「まさか、こんなことになるとは思いませんでしたなあ。研究者の皆さま方、頑張ってくだされ」


 うわあこのじいさん他人事だーっ!

 いや他人事だよな、じいさんには鉱石の区別もつかないし。


 商人たちが持参した鉱石の真贋をしてきっちり値段をつける役目は、研究者たちが総出で当たるものだ。

 軍人側にできることは、せいぜいが不埒なことを働く商人がいないか見張ることくらいであろう。


 というかじいさん、もしかしてこうなることがわかってたの?

 どうせ苦労するのは自分じゃないから黙ってたってこと?


 クルンカの祖父と視線が交わる。


「ですが、皆さま方は何としてもくだんの鉱石を手に入れたかったのでありましょう?」

「昨日の今日でここまで人が集まるとは……」

「王都でも注目の研究者たちが集まっておりますからなあ」


 え、じいさん、何でおれの方を見て言うの?

 おれは今回、募集の際にちょっと名前を貸してくれ、ってメイス教授から言われただけなんだよ?


「なるほど、これはクルンカも苦労する……」


 ぼそっと呟くじいさん。

 それじゃまるで、おれがクルンカにお世話されて、迂闊なことをしないよう常に見張られているみたいじゃないか。


 ただの事実の陳列だな?

 いつもありがとうございます。


「ともかく、手分けして処理していこう。向こうからあれだけの人が来てくれているんだ。こちらも誠実に応えないとな」


 メイス教授が、ぽんぽんと手を叩き、研究者たちに活を入れる。

 その後、軍人たちと話をして、臨時に軍から警備の人を出して貰えるかどうか相談していた。


 本来なら、学院の内部に多くの軍人を入れると上の方から睨まれるんだけどね。

 メイス教授は教授会の上層部に強いコネがあるので、そのあたりを力業でなんとかする、とのことであった。


 やはり、持つべきものはコネである。

 適切なコネを適切な場面で使ってこそ、道も開けるというものだ。


「さて、そういうことなら、おれも少しは気張ってみますか」


 メイス教授といくつか打ち合わせして、研究室に戻る。

 ちょうど、研究室の掃除をしていたクルンカが「どうなったんですか」と訊ねてきた。


「総出で商人の対応に当たることになった。ついては、クルカニウム鉱石の真贋を簡単に判別できるよう、ちょっとした装置をつくりたい」

「装置、ですか?」

「鉱石に魔力を流す、簡単な魔道具だよ。以前にもクルカニウム鉱石は水に溶かすことで魔力の伝導性を高くなる。とはいえ、いちいち向こうの持ってきたものを削って水に溶かしていては手間がかかるからね。鉱石の状態でも判別できるような魔道具があれば、手間がかからず真贋を確かめられる」

「それ、いますぐつくれるものなんですか?」

「アイデアはあったから、材料は集めてあった。商人たちを学院内に案内するにも警備の都合があるから、少しは時間がある。何とかするさ」

「さすが先生です! わかりました、それじゃ足りないものがあったら言ってください! すぐ集めてきますね!」


 さて、この魔道具の仕組みはそんなに難しくない。

 クルカニウム鉱石を握ってピカピカ輝いていた目の前の少女を見て閃いたアイデアである。


 つまり、クルンカの体内で起こっている特殊な魔力の伝導を魔道具で再現すればいい。

 このあたりの作用については、すでに何度かクルカニウム鉱石を握ったクルンカの身体を測定して、充分なデータを得ているのだ。


「先生、とても楽しそうですね」

「こういうちょっとした発明品は心が安らぐんだ。クルンカもそのうちわかる……かも?」

「うーん、道は遙かに険しい気がします……」


 首をかしげるクルンカに見守られながら、魔道具は昼になる前に完成した。


 さあ、覚悟しろよ、商人ども。

 きさまらの持ってきた鉱石の真贋、まとめて片づけてやるぜぇ。



――――――

本作、書籍化いたします。

まだ詳細はお話しできませんが、タイトルが変更になり、大幅な加筆修正が加わります。


大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~


上記タイトルになる予定です。

Web版も上記タイトルにしようと思っていましたが、よく考えたら上記タイトルの内容がWeb版とだいぶ差異あるため、併記でいきたいと思います。



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