第39話

 おれたちは、魔道具を用いて商人たちの持参した鉱石を片っ端から鑑定した。

 結果、商人の持ってきた石のほぼすべては偽物と判明する。


 彼らとしても、これでいいのか半信半疑の中で持参したものである。

 あわよくば学院とのつなぎでもつくれれば、という思いもあったのだろう。


 すみやかにお帰り願ったけどね。

 警備についた軍人たちが、有無を言わせず退場させていった。


 で……。

 たった一件だけ、本物を持ってきた商人がいた。


 しかも、わりと大型の石だ。

 握り拳がふたつぶんくらいある欠片である。


「これをどこから手に入れたのですか」


 興奮した様子で、テーブルの反対側から身を乗り出して、メイス教授が訊ねる。

 さて……この商人から、何らかの情報を得られるといいんだが……。


 クルカニウム鉱石を持参した商人は、東の国の者で、この鉱石を東の国から持ち込んだ、とのことであった。

 これまでに見たことがない石であるとのことから、学院の者なら興味を示すかもしれないので試してみてくれ、と言われたとのことである。


「あなたにこの石を持参した者は、この石が特殊なものである、と認識していたのですね」


 メイス教授が、更に身を乗り出して訊ねる。

 学院内の会議室にて、おれや軍の者に囲まれて、商人はいささか動揺した様子であった。


 いや、そりゃビビるよね、こんな布陣。

 でもみんなきみの話を聞きたがっているんだよ。


 なお冷静に遠巻きにしている軍人たちより、鼻息が荒いメイス教授はじめとした研究者たちの方が怖そう、というのが実際のところである。

 おれも、彼らがいきり立っている様子を見なければ、興奮した態度を表に出していたかもしれない。


「特殊なものかどうかはわかりませんが、石に詳しい方ではあるようでした」

「この石はどこから手に入れたか、その者は言っていましたか?」

「どこかの山の中から、としか……」

「その者について、風体など、特徴はありましたか? 何か名乗っていましたか? 民族、風俗などの特徴は……」


 メイス教授は、興奮で顔を真っ赤にしていた。

 商人は身をのけぞらしながら返事をしている。


 おい、誰かあれ、止めろよ。

 クルンカのお爺さん、そんな笑ってないでさあ。


「そ、その……山の民から頼まれた、としか……」

「山の民、ですか? 東の国において、それは特定の民族なのですか?」

「いや、あの、わたしの国では、山の民、というと南方山脈で暮らす者たちのことで……」


 うん? それって、おれたちが最初にクルカニウムを発見した川の上流ってことかな?

 あ、メイス教授が地図を持ち出してきた。


 大雑把な地図だから、軍の人たちもOKを出したのかな?

 というか東の国の地形までわりと載ってるなこれ……どうやって東の国の地図まで手に入れたんだ?


 この地図で見ると、うちの国と東の国の間に横たわる山脈が、東の国の南方にずっと広がっていることがよくわかる。

 かなり広大な山岳地帯に、虎獣人だけじゃなくて熊亜人やヒトも暮らしているというのは初耳なんだけど……たしかに、これだけ広ければいろいろな種族が棲み分けていてもおかしくはない。


 ちなみに、うちの国の精密な地図は、学院と軍が共同で測量し、これを厳密な管理のもと保管している。

 詳細な地図は当然ながら最高級の軍事機密だから、その完全な原本は王城の書庫に保存されているのだとか。


 王城の書庫に入ることができるのは、王族に認められたごく一部の者たちだけだ。

 まあ、おれは入れるんだけどね……。


 じつは二度ほど立ち入らせてもらって、地図の原本も見ていたりする。

 いろいろと興味深かったけど、複製は厳禁、と言われたので表だっては複製していない。


「東の国では虎獣人との交易ルートがあるのですか? 実に興味深い。詳しい話を……」

「あっ、ですがこれは他国の者には……」

「ご心配なく。必要であれば、正式な外交ルートで申請いたしますので。東の国も、わが学院のことは承知しておりましょう」


 知ってると思うよ、キ〇ガイが集まるところって。

 だから鼻息も荒く商人に顔を近づけるのはやめようか、メイス教授。


 あ、見るに見かねて、若い軍人さんが割って入った。

 メイス教授から商人を守るように立ちはだかってる。


「落ち着いてください、教授。相手が怯えております。これはあくまで、任意の話し合い、なのですよ」

「しっ、しかしですね、この方のお話はたいへんに興味深く……っ」

「知的好奇心はたいへんに結構ですが、いまのあなたの態度は、学院としての品格が問われるところです。自重してください」


 はっきりと言われて、メイス教授はようやく、現在の己の様子に気づいたようだ。

 まともな顔に戻って、商人に深く頭を下げた。


「あ、あの、この方々は、いつもこうなのですか」


 商人は、めちゃくちゃ動揺して、軍人さんに訊ねている。

 軍人さんはどう言葉を選んだものかと悩んだ様子だが、結局、「普段は理性的な紳士なのです」と、ため息と共に告げた。


「ともあれ、あなたの情報はたいへんに貴重です。相応の報酬は用意いたしますので、もう少し、お話を聞かせていただけないでしょうか」


 まともモードになったメイス教授が訊ねて、商人の方もそれを了承する。

 とはいえ、今日はもう夕方とのことで、商人は宿に戻り、明日また学院に来るということになった。


「姫さまに、今日の話を伝えてください。東の国との話し合いについて、我々ができることはありません」


 商人が帰った後、メイス教授はてきぱきと指示を出す。

 なんか姫さまが実質的なおれたちの上司になってる気がするけど、まあそのへんはいまさらだね……。


 何にせよ、あの商人の話は面白かった。

 東の国に行ったことはあるけど、南の方はさっぱり見てまわってなかったんだよなあ。


 行ってみたい。

 うずうずしている自分に気づいている。


 さすがに無理だって、頭ではわかっているけれど。

 うーん、いろいろ難しい……ひとまず、明日も商人の話を聞こう。


 そう思っていたのだが。

 翌日、くだんの商人は学院を訪れず、宿から失踪していた。



        ◇ ※ ◇



 クルカニウムを持ち込んだ商人の失踪事件は、即座に軍の管轄となった。

 宿の者たちへの聞き込みと現場検証の結果、部屋に何者かが侵入した形跡が発見され、捜査の主眼は誘拐に切り替えられる。


 こうなると、もう学院で出来ることは何もない。

 はずだったのだが……。


 昼、メリアの姿でやってきた姫さまが、おれに訊ねてくる。


「何か、こういった際に使える魔法や魔道具はございませんか」

「おれのことを、便利に使える不思議の小箱か何かだと思ってませんか?」


 不思議の小箱、というのは大陸のあちこちに伝わる御伽噺のひとつだ。

 簡単に言えば、なんでも願いの叶う魔法がかかった箱である。


「昨日の商人に魔力紋を付与しておいたので、まだ王都の中にいて怪しい場所を絞り込めるなら探知できますが……」

「何故、先にそれを言わないのですか!」


 めちゃくちゃ睨まれた。

 えー、いや、まず町の封鎖が完璧じゃないといけないし、本当に狭い区画、それこそ半径二十歩くらいを探知できる程度の探査しかできないんだよね。


 そもそも本来は、そんな目印をつけること自体、マナー違反だよ。

 だからこれは、最後の最後の手段として黙っておこうと思ったんだけど、姫さまがだいぶ追い詰められた顔をしていたから……。


 と中途半端な言い訳をしたところ、「細かいことは、よろしい」といっそう睨まれた。


 ずい、と顔を近づけてくる。

 鼻息が荒い。


「半径二十歩ということは直径四十歩、闇市が差し渡し百歩程度ですから、何度か使えば闇市内部を探査できますね」


 少女は、早口でまくしたてる。


「どれだけの遮蔽物で効果が遮られるのですか?」

「以前、通信の指輪の魔道具を渡したでしょう? あれの応用なので、あまり厚い壁とかあると無理です。地面の下、地下深くとかでも駄目です」

「それでもないよりはずっとよろしい。すぐに来てください」


 何でも、朝から王都は完全に出入りを封鎖しているという。

 商人ひとりに大層なことだが、ことがことだけに、王家が今回のことをどれだけ重視しているかわかろうというものだ。


 だったら、そっちでも探査魔法のひとつくらい用意しておけばいいのに……。


「我々に危機感が足りなかったのは事実。あなたのお叱りは真摯に受け止めましょう」

「叱る、とかじゃなくって、おれはただ、何となくで印をつけちゃっただけなので」

「もしかして、これまでも……? いえ、返事はよろしい。聞かなかったことにいたします」


 姫さまは、何だかすごく疲れたような顔をしていた。

 はっはっは、これじゃまるで、おれが扱いと判断に困ることばかりしているみたいじゃないか。


 で、軍の方は、あの商人が闇市に連れ込まれたと睨んでいるわけね。

 でも証拠がないと踏み込めない、ってあたりか。


「この目印の魔法は存在が発覚して消されたり、魔法封じの結界の中に入れられたりしたら効果がないですよ。あと微弱ながら本人の魔力を使うので彼が生きていないと無意味ですし、我々と同じヒト以外にはまったく効果がないので……」

「それをコミでも、やる価値はありましょう。あと、その魔法は軍の機密になると思います」


 本当に申し訳なさそうに告げる姫さま。

 軍人たちの前で使うんだから、これは仕方ないよなあ。


 お金は貰えるわけだけど、おれがいまさらそこまでお金に拘泥していない、というのはよくわかっているだろうし。


「これに関しては以前の魔法のマイナーチェンジなので、本当にお金を貰う方が申し訳ないんですけどね。いただけるなら、いただきますけど」

「相手に知られずマーキングができる魔法は、何パターンあってもよろしいのですよ」


 言われてみれば、それはそうか。

 マーキングの魔法は、メジャーなものだけでも三つくらいあるし、それの対抗魔法も充実している。


 だからこそ、諜報の世界では常に新しいものが必要になる。

 その程度の理屈はわかるつもりだし、だからどの国でも、常時、新しい諜報用の魔法を開発していると聞く。


 そのあたりを万能に対策する方法もあるんだけどね。

 これは黙っておこう、さすがに……。


 とか考えていたら、姫さまがおれをじーっと見つめてくる。

 何かな? 何でもないよ? ナニモナイデスヨー。


「言っておきたいことがあれば、わたくしとふたりきりのいまのうちに、どうぞ」

「いまは特にないですね」

「かしこまりました。では、何も聞きません」


 平常心、平常心。

 最近の姫さまは、心臓の音とかでおれの考えていることを読んでいるんじゃないかと不安になる。


 おれから発する音を制御する魔法とかもつくった方がいいのかな……。

 それはそれで、違和感がないようにするのが難しそうなんだよなあ。


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