第22話
朝日が昇るころ。
行方不明になった狩人たちの生き残り三人が、野営地にやってきた。
おれはとっくに野営地に戻って来ている。
結界を解除して、見張りを他の者たちに引き継いだあと眠りにつき、そして目覚めたばかりの時刻であった。
ぼろぼろの狩人たちを見て皆が驚き、そして無事を喜んだ。
全員が生還、といかなかったのは残念だが、それでも全滅よりはずっといい。
「仲間のひとりは森大鬼に躍り食いされたよ。あいつらは、ヒトを食いながら嗤っていた」
そんなことを、涙ながらに語る。
セブンはああ言っていたが、どだいそんな奴らとの共生など不可能であると、おれは思うのだ。
彼らが遭遇したという森巨人や森大鬼の軍勢の脅威に関する情報は、値千金となるはずだった。
そいつらが全滅していなければ。
「おれたちが戻って来られたのは、森巨人や森大鬼の軍勢が、森の奥からやってきた化け物に全滅させられたからなんだ」
行方不明だった狩人たちは、おれがつくったそんなカバーストーリーを語ってみせた。
おそるべき魔力を操る魔物であり、谷を集落としていた軍勢を、その谷の存在ごと消滅させた後、森の奥に戻っていったとのことである。
闇夜での出来事ゆえに、破壊者の正体は不明。
谷から少し離れたところに身を隠していたところ、大きな破壊音が響き、おそるおそる覗きに行ってみれば、谷そのものが消滅していたのだ、と彼は語った。
語り手の狩人はおれの知り合いで、ついでにいえばおれから表情変化の首飾りを借りていた。
「おまえが仇を討つ手伝いをしてくれたから、おれたちはおまえを信じるのだ」
このカバーストーリーを狩人たちが快く承諾してくれたのは、そんな彼ら独特の価値観によるものであるらしい。
森では、すべてが自己責任だ。
森の奥から現れる異形の軍勢の脅威は去ったのなら、それ以上のことはどうでもいい、と。
ついでに「おまえに貸しをつくる方が、後々有利な気がするしな」とも言われた。
こんな下っ端研究者にできることなんて、たいしてないんだが……。
とはいえ、この借りは高くなりそうである。
「森の奥に何が潜んでいるのか、おそろしいですね……」
側付きの女性は、完全にカバーストーリーを信じてくれたようで、恐れおののくように呟いている。
話を聞いていた冒険者たちも、いささか動揺している様子であった。
ともあれ。
話は、これで終わりだ。
急いで戻っていった姫さまには悪いが、当面の森の脅威は片づき、陰謀の芽は詰まれた。
そのはずである。
◇ ※ ◇
後日のこと。
研究室に一通の手紙が届いた。
宛名はなかったが、筆致はセブンのものと一致していた。
しかも、おれたち弟子しか知らない暗号で記されていた。
解読したそれは、セブンの謝罪であった。
己のつくった人形たちが制御を離れ、各々で行動するようになったことへの謝罪である。
セブンは師の人形を発展させ、自立的に行動するよう設計した、まったく新しい自動人形をつくり出したのだという。
しかしその人形たちは、セブンの思惑を越えて成長し、それぞれが好き勝手をするようになってしまった。
北で我が朋友に討たれた人形も、先日の森での一件を起こした人形も、彼の手を離れた人形たちが起こした騒動であり、これは己の不徳の致すところであると、強い悔恨の念と共にそう綴られていた。
「人形が暴走って……。セブンのやつ、めちゃくちゃじゃないか」
「さて、どこまで本当なんだろうね」
おれの横から手紙を覗き込んでいたファーストが、鼻を鳴らす。
例の一件のあと、彼女はふらりと研究室に顔を出し、またここに居ついてしまったのである。
で、時々姿を消しては、森へ赴き、セブンの人形がやったことの後始末をしている様子であった。
正直、セブンは彼女にもっと謝罪した方がいいと思う。
品行方正なおれと違って、あいつは本当に非常識なやつなのだ。
まったく困ったものである。
「きみが何を考えているかはわかるけどね。一度、鏡を見てごらん」
「何のことだ」
「まあ、いい。この手紙の話に戻るけど、セブンがどこまで本当のことを書いていると思うかね?」
ふむ、とおれはもう一度、手紙の文面に目を走らせた。
「嘘を書く理由があるのか?」
「きみが一般的な仕事につけない理由が、今のひとことでよくわかるよね」
「社会性の欠如について、ファースト、きみに言われたくはないなあ」
まあこいつは、厳密にはヒトじゃないわけだが。
本人はそのあたりについてあまり気にしていないし、そもそもおれよりずっと年上なわけだが。
「まあ、そういう可愛いところもきみの魅力だ、と考えることにしようか」
「生暖かい目で見るのはやめてくれないか」
「とにかく、ね。これがただの言い訳で、実際のところ人形たちの暴走も彼の思惑のうち、というあたりが本当のところなんじゃないか、とぼくは考えているわけだよ」
「わざと暴走させた、と? 何故、そんな無駄なことを?」
おれは首をかしげてみせた。
そもそも、あの人形というもの、一体つくるだけでも相当にたいへんだっただろうに。
「さて、ね。ぼくは、そもそも国をつくろうとか、王さまになろうとか、ヒトの行く末を操ろうとか、そんなこと考えたこともないから、彼の動機についてはよくわからない」
「なのに、セブンのやつが嘘をついていると?」
「だって、彼、とことん本心を語らないんだもの。昔から、そうだった。素直なきみは、彼の言葉に納得していたかもしれないけどね」
まるでおれが、何でも真に受ける馬鹿みたいじゃないか。
不満そうにファーストを睨むと、彼女はにやりとしてみせた。
「きみの素直さは、研究者としての美徳だと思っているよ」
「そうかい。褒めてくれてありがとう。言外の意味は、あえて汲み取らないことにしよう」
「そうだね、きみはそれでいい。この世のためとか、国のためとか、そういうことを考えるのは、他の者たちの役目でいいと、最初から割り切っているのだから」
そうだが?
おれは権力とか集団の利益とか、そういうものから離れたいからこそ、こうしてこの学院で、ただのいち研究者でいるわけだが?
「でもね。誰しも同じとは限らない。ぼくにだって、ぼくの思惑がある。そしてきっと、セブンにも」
「ファースト、きみの思惑について話す気はあるかい」
「ないよ、今は。でもきみは、そんなことを気にするかい?」
「心底どうでもいい」
別に、話す気がないなら、こちらも聞く気はない。
ただでさえ、やりたい研究が山ほどあるのだから。
「そういうきみだからこそ、セブンもこんな手紙を出すんだろうね。とにかく、彼の言葉を素直に受け取るばかりでは、その本質を見失うと考えて欲しい。ぼくから言いたいことは、それだけだ」
「考慮はしておく。だが、そういう政治は、おれを放っておいて勝手にやって欲しいんだよ」
「きみの心からの望みは理解しているけどね。セブンがこの国も巻き込んできた以上、勝手ばかりを言ってもいられないんじゃないかな」
そこが頭の痛いところなのだ。
本来なら、そういうのは姫さまとかにぶん投げるのだが。
セブンの存在を明かせば、連鎖的におれやファーストの話も出てきてしまう。
大賢者の弟子、という存在が明らかになってしまう。
それはおれの本意ではない。
ファーストもそのあたりをわかっているからこそ、ここでおれを相手に、こんな話をしているのだろう。
「ま、とりあえず、この手紙については忘れて、さっさと焼いてしまうことだ。セブンを味方だと思わない方がいいと、きみがそのことだけ認識してくれればいい」
「厄介だが、了解した。で、きみは?」
「ぼくはいつだって、きみの味方だよ、ラスト。かわいいかわいい、最後の弟弟子」
ファーストは、笑う。
「だからね、この話も、きみにだけはしてあげよう。森の奥にあったものについて、だ。セブンの人形は、ずいぶんと興味深い研究をしていたようだ」
「セブンが、じゃなくて?」
「ああ、人形が、勝手に研究をしていたんだよ。どうやらセブンは、人形に自己学習と自己改造の能力を与えることに成功したようだ。その結果、森の奥に赴いた人形は、ずいぶんと風変りな魔法を身に着け――それを用いて森巨人や森大鬼を支配下に置いた」
「ふむ、続けてくれ」
「それはね――」
ファーストは、語る。
おれは彼女の話を、真剣に聞き入った。
◇ ※ ◇
後日。
ファーストに、ふと訊ねた。
「何で北方の新興国にいたセブンの人形は、おれの知り合いの名前を使ったんだろう?」
セブンに、冒険者時代のことを話したことはほとんどないはずだ。
あいつは、わざわざおれの昔の足跡を調べて、人形にその名をつけたということなのだろうか。
やはり、あいつはおれを挑発していたのか?
「あー、それについては、すまない。きみから聞いた、かつてのきみの知り合いの冒険。それをセブンに語ったことがある」
「冒険を? ああ、そのときに仲間の名前も?」
「本当に申し訳ない。こんな利用のされかたをするとは、これっぽっちも思っていなかった」
「ファースト、この件に関して、きみに落ち度はないと考える。誰だって、こんなことが起こるなんて予期できるはずもない」
それにしたって、セブンのやつ、なんでおれの知り合いの名前を……。
ひょっとして、名前を考えるのが面倒だった、とかそういう話か?
自分に置き換えてえみよう。
もしおれがセブンの立場だったら……。
あり得る。
いちいち名前を考える暇があるなら、その余裕は研究に注ぎたい。
「セブンがどこまで考えていたか、次第だね。人形を表舞台に立たせようとするなら、もう少し配慮する気がするんだ。だけど、手紙のことが一部でも本心だと仮定するなら、セブンは人形がここまで派手に暴れるとは思っていなかったんじゃないかな」
「たまたますれ違った旅人が知り合いと同じ名前を名乗っていても、誰も気にしないか。せいぜい、有名人のカタリだと思うくらいだな」
「でもね、セブンが少しでも用心していれば、それは防げた事故のはずだ。彼はそこまで不用意な奴だっただろうか」
おれは腕組みして考え込んだ。
うーん、あいつは……。
わりと、スカタンなところもあるんだよな。
おれと違って足もとが見えてないというか。
こと実験となると、後先考えずに突っ走って、師が後始末に奔走した、ということも何度かあった。
セブンはやたらと恐縮していたけれど、師は笑って「次は気をつけたまえ」と言うだけだったんだ。
「ちなみに、ね。実はぼくは、きみの顔を見ればだいたい何を考えているかわかるんだけど、きみだってだいぶスカタンで足もとが見えていない弟弟子だよ」
「そりゃ、きみの目から見れば、誰だってそうだろうさ」
こいつ、見た目は若いけど、実際は弟子歴だけで百年あるわけだからな……。
その割に、人間関係に無頓着なところがあるから、ほうぼうで揉め事を起こしていたとは聞くんだけども。
「くれぐれも、油断はしないことだよ。ひょっとしたら、セブンが期待しているのは、きみが守りを解くことかもしれない」
「あいつがおれを、そこまでして攻撃したがっていると言いたいのか?」
「何もわからない。不気味だ。だからこそ、用心する必要があるという話さ」
ファーストの警戒は過剰すぎる気がする。
相手が魔物なら、そりゃあおれだって用心するし、野盗の類いなら容赦なくやるが、相手は仮にも、かつて同じ師を仰いだ者なのだから……。
いや、相手もそう思っているか、という話ではあるのか。
セブン本人とは、結局、五年前から一度も会っていないわけだから。
「わかったよ。注意はしておく。きみはこれから、どうするんだ」
「森を探索して、いくつか手がかりが入ったからね。また少し、旅に出る。そのうち、連絡するよ。この研究室の寝床は、そのままにしておいて欲しい」
そう言い残して、ファーストは翌日、姿を消した。
こいつが勝手に置いていった寝袋、普通に邪魔なんだけどなあ……。
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