第11話

 姫さまから大賢者の弟子を騙る者の話をされた、その翌日のこと。

 学院ではなく王都の方の酒場のカウンターで呑んでいると、右隣に男が座った。


 痩せた中年の男で、目深に帽子をかぶっている。

 ひと目見て、怪しさ満載であった。


 とはいえ、男が度の強い蒸留酒を頼んだ時の声で、すぐ理解する。

 こいつ知人だわ。


「何で帽子なんてかぶってるんだよ。一瞬、おまえだって分からなかったわ」

「最近、薄毛が気になってな……」

「往生際が悪い」

「いつか、ほら、また生えてくるかもしれないし……」

「諦めろ。きっとそれは大賢者さまでも治せない」


 かつて、師に、毛生えの魔法はつくれないかと訊ねたことがある。

 成長を促進することなら可能だが、死滅した毛根を再生することは無理、という回答であった。


 師が、うんざりした顔だったことを、よく覚えている。

 同じことを王とか皇帝から定期的に聞かれていたらしい。


 男は誰しも永遠を夢見るものなのだ。

 しかし、星に手を伸ばしても掴むことはできないのである。


 以上、髪の話は終わり。

 ちなみにこいつは、おれの以前の仲間で、優秀な斥候だった男である。


 今日、ここで会うという約束をしていたのだ。

 学院の方の酒場だと、まず学院に出入りする必要があるからな……。


 軽く手を振る。

 魔法を行使したのだ。


 風の結界で、おれとこいつ、ふたりだけを囲った。

 これで、以降の会話はバーテンダーにも聞こえない。


「聞いたか。あいつが大賢者の弟子だったっていう話」

「おまえこそ、人相を聞いたか? 偽者だろうよ」

「やっぱりか。仕方がない、ケリをつけに行くかね」


 男はバーテンダーから渡された透明なグラスに口をつける。

 琥珀色の液体を一気に飲み干す。


 おれより五歳くらい上なのに、相変わらず酒が強いな。

 昔から、仲間が全員酔いつぶれてる中、こいつひとり平然としていたものである。


「ケリをつけるって、おまえなあ。どうせ大国が勝手に動いて、どうにかしちまうだろう」

「それではあいつの名を汚したままになる」

「あとでひょっこりと、本物のあいつが出てくるかもしれないだろ」

「それなら、それでいい。そもそも、あいつは名誉を欲しがるような奴じゃなかった」


 そうかな?

 昨日、姫さまから聞いたあいつの活躍は、控え目に見ても英雄の名に足るものだった。


 亜人種との戦に二度も加わり、大活躍。

 その末に、未知の霊峰へ向かって、消息を断つ。


 そんな経歴の持ち主が、果たして名誉を求めないものだろうか。


「あいつは、人を助けているうちに勝手に名を上げてしまうような奴だったよ」

「ああ……それは、そうかもしれないな。大賢者さまみたいなタイプだ」


 思わずそう言ってしまったところ、彼は少し驚いたように目を大きく見開き、おれを見つめた。

 え……な、なんだよ。


「おまえも、そんな恐れ多い冗談を言うのだな」

「恐れ多いって……ああ、まあ、大賢者さまをいじるのはご法度、って土地もあるのか」


 ちなみにそういう土地では、さっきの「大賢者さまでも髪の毛は生やせない」とかも厳しく糾弾される。

 そういう腫れ物に触るような態度こそ、大賢者さまが厭うてたことなんだけどな。


「まあ、この国じゃ、そうでもない」

「そういうものか」

「そもそも学院の設立目的が、大賢者さまを超える、だからな。学院に大賢者さまのお墨つきがなければ、そうとうにモメただろうよ」


 あの方は、誰かが己を乗り越えていくことをこそ、望んでいた。

 だが、それはついに叶わなかった。


 それは、どれほどの絶望だったのだろうか。

 だからせいぜい、おれたちあの方の弟子くらいは、あの方をもうちょっといじって、下げて、笑ってやるべきだと思うのである。


 まあ、こんなこと滅多な相手には言えないけど。

 目の前の男が相手だからこそ、というところはあるのだ。


「話を戻すぞ。いくらおまえでも国が相手じゃ分が悪い。やめておけ」

「どのみち、本物かどうか確かめるつもりだったんだ。ルートは確保した。今日、ここに来たのは、おまえも誘うためだ」

「冗談じゃない。おれはただの研究者だぞ」


 あっ、鼻で笑いやがった。

 こいつめ、おれごときが研究者を名乗るのは生意気だってのか?


 おれはため息を吐く。

 仕方がない、せめて手持ちの情報くらいは吐いておこう。


「おれの掴んだ情報じゃ、あいつの名を使っている男は野心家で、頭の回転が早い、厄介な奴とのことだ」

「それはどこからの情報だ」

「さすがにそれは話せない」


 この国の王子が実際に会ったときの印象です。

 うん、言えない。


 本当は、この情報をこいつに話すのもヤバいんだが。

 かといって、下手すりゃ死地に赴こうとしているこいつを見捨てるわけにもいかない。


 まあ、おれとこいつは、彼女と同じチームだったわけで。

 彼女の息子の情報をちょっとばかりこいつに流すのくらい、見逃して欲しい。


 果たして、目の前の男は新しく頼んだ蒸留酒をまたグイとひと息であおる。

 こんな無茶な呑み方をして、顔色ひとつ変えないんだから本当に恐れ入るよ。


「たしかな筋の話なんだな」

「それは間違いない」

「わかった、作戦の参考にさせてもらう」

「できれば、無茶はやめて欲しいね。この年になると、友が減っていく一方だ」

「そうだな。この国に嫁いだあいつも……」


 ああ、まあ、知ってるよな、それは。

 おれがその息子や娘と会っている、ということまでは知らなくても。


 というかあの姫さんがおれをポンポン呼び出しすぎなんだよ。

 加えて変装してまで学院に来るから……。


 何なんだろうな、あの方。

 いくらなんでも自由過ぎるだろう。


「これ以上は止めないが、行くならひとつ、頼まれてくれないか」

「何だ」

「何故、あいつの名前を騙ったのか。余裕があれば、でいい。調べてくれ。可能なら本人の口から聞くのが一番だが……」

「さすがに、それは難しいだろうな」

「ああ。おまえは偵察兵だ。相手の前に姿を現わせ、と言えないよ」


 男は、また鼻で笑う。

 何だよ、感じ悪いな。


「あれから色々な奴らと組んだが、おれを一番、上手く使ってくれたのはおまえだった」

「急に褒めるな」

「おれは研究室にいるおまえを知らないからな。鉄火場でこそ冴えるおまえの姿しか、思い浮かばないんだ」


 そういうものか?

 たしかに昔の仲間の中でも、こいつとは何故かいつも、どこかの酒場で会って呑むくらいのことしかしていなかった。


 理由がないわけでもない。

 カンのいいこいつに、師から与えられた部屋を見せたくなかった、というのが一番大きな理由である。


 かつての仲間にすらも秘密を打ち明けられないというのも、厄介なものだ。

 当時は大賢者に弟子入りを希望する者で引きも切らず、弟子の存在が明らかになるだけで大問題になることは明らかであった。


 そして大賢者という存在が消えたとたんに、これだ。

 大賢者の弟子を名乗る者がぽこじゃか現れ、そのことごとくが偽者と断じられるありさまである。


 というか、あいつらは大賢者の弟子を何だと思っているのだ。

 大賢者の弟子は万能の薬ではないし、不可能を可能にする無敵の兵器でもないということを理解しているとはとうてい思えなかった。


 こんな状況で「えーわたくし大賢者の弟子でござい」と本物が名乗り出たところで、大勢の偽者と同様に命を狙われることだろう。

 もはや大賢者の弟子を疑われること、いや大賢者の弟子との繋がりを疑われることすらもリスクとなってしまった。


 まあ今回のケースは、それとはまた別の理由で命が狙われるんだけどね。

 目の前のこいつが、友の名を汚されたと感じたから殺す、というのは……まあ、名を借りた側からすれば理解できないことかもしれない。


 でも、こいつはそういうヤツなのだ。

 何でも出身の部族がそういう風習らしいのだが、詳しいことはよく知らない。


 おれももう一杯、蒸留酒を水で割ったものを頼む。

 ふたりでグラスを打ちつけ、一気に中身を喉に流す。


 喉が焼けるように熱い。


「また、ここで乾杯しよう」

「ああ。夏には戻って来る」


 男は立ち上がり、酒場を出ていく。




        ◇ ※ ◇



 後日談となる。

 彼はおれとの約束通り、夏の最中、ふらりと戻ってきた。


 風の噂で、くだんの大賢者の弟子を名乗る者が殺されたことは知っていた。

 おそらくは彼がやったのだろう、と思っていたが、確証はなかった。


「やったのか?」


 同じ酒場で乾杯し、訊ねた。

 彼は首を横に振った。


「やった、はずだった。本物じゃなかった」

「そりゃあ、あいつだったはずがない」

「そうじゃない。ヒトじゃなかったんだ」


 おれは彼の顔を覗き見た。

 まるで幽霊でも見たかのように、蒼ざめていた。


「奴の名を借りた似ても似つかない男がいた。おれはそいつの首を刎ねた。だが、奴の身体からは血の一滴も飛び出てこなかった。奴の身体は、ヒトにそっくりなからくり人形だったんだ」


 からくり人形、という言葉で、おれは一瞬、師が操って王や皇帝と会わせていた、師そっくりのからくり人形のことを思い出していた。

 ………。


 判断材料が少なすぎる。


「いったい、あれは何だったんだ。おまえならわかるか?」

「いや、それだけの情報じゃ、さっぱりだ。現物は持って来られなかったのか」

「状況が混乱していて、それどころじゃなかった。くそっ、最初からわかっていれば、やりようもあったんだが」


 悔しがっている男を、おれはじっと眺める。

 頭の中では、さまざまな可能性を想定していた。


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