第10話

 姫さまに呼ばれて、王宮に赴くのもこれで何度目だろうか。

 益体もないことを考えながらいつもの衛兵に挨拶し、新しい側付きの方に案内される。


 いつもとは違う、少し広めの部屋に通された。

 姫さまの他に、ふたりの王族が待っていた。


 背を向けてこの場から全力で逃げたくなる。


「そう怯えなくてもよろしいのですよ。今日は少し、確認したいことがあるだけなのです」


 魔道具で表情はカットしていても身体の動きに感情が出てしまったかもしれず、それ故、姫さまがまっさきに口を開いた。

 仕方がない、と頭を下げて挨拶の言葉をなんとか押し出す。


 豪奢な部屋の飾りつけも、天井からぶら下がる白い魔法照明を生み出すシャンデリアも、こうなると牢獄のように思えてくる。

 棚に並んだ貴重な写本の数々とて……あ、大賢者の複雑系魔法理論応用編があるな、あれ読んだことないからちょっと気になる。


 いやいやいやいや。

 それは、今はいいんだ。


 勧められるまま王族たちの対面に腰を下ろし、側付きの女性が淹れてくれた茶に口をつける。

 ミントの香りが鼻孔をくすぐる。


 ふう、少し落ち着いた。

 相手を信頼しているという印のこの儀式の後、姫さまが口を開く。


「わたくしはともかく、兄も弟も忙しい身です。さっそく本題に入りましょう」


 姫さまが、左右に座る男性ふたりを紹介してくれる。

 第一王子と第二王子であるという。


 知りたくなかったけど、とりあえず「お会いできて光栄です」と頭を下げていく。

 王子たちは苦笑いして「緊張することはない。あなたの業績はよく知っているつもりだ」とおれを持ち上げてくれた。


 むず痒いし、この人たちに気に入られたところでロクなことにならない気がする。

 ともあれ、まあ、雰囲気的に、おれを糾弾する感じではない……のか?


 じゃあ何で、ここに王族が三人もいるんだ。

 姫さまだって何だかんだ忙しい身なのは間違いないだろうし、第一王子ってそもそも王太子だよね?


「大賢者さまの弟子が名乗りを上げたのは、ご存じですか」


 その言葉に、おれは眉根を寄せた。

 


「今度はどこの国ですか」

「北方から二国、東方に一国」


 同時に三か所で、三人も名乗りを上げたのか。

 大人気だな、大賢者の弟子。


 どれもおれが知らないような小国だった。

 大国が割れて、最近できた国々とのことである。


 大陸のあちこちで、最近はそういうことが多い。

 でもって、そんな国々じゃ、まともな統治も国としての常識も期待できないわけで。


 よりにもよって、大賢者の弟子を名乗る者を擁立して、体制を引き締めようとする国も出てくるわけだ。


「目に見える破滅に全力で突っ込むこともないでしょうに」

「彼らは本気で、大賢者さまの弟子が全てを善い方向に導いてくださると信じているのかもしれませんよ」

「まあ、そう信じたまま縛り首になるなら、幸せなのかもしれませんが」


 それにつき合わされる民のことなんて、どうせ考えちゃいないんだよな。

 本当に勘弁して欲しい。


「大賢者の弟子を名乗る者の数は、この五年間でついに二十人。大賢者さまはだいぶ多くの弟子を取ったのですね」


 姫さまが、楽しそうにころころと笑う。

 左右の王子たちが、どん引きした目で彼女を見ていた。


「そのうち十七人は名乗りを上げてから半年とたたずに殺されてるわけですが」


 新しい三人も、どれだけ保つんだろうなあ。

 ちなみに現状の最速記録は、我こそは大賢者の弟子と名乗りを上げてから数時間以内に殺された七人目である。


 まあコレは国の行く末を憂いた家臣に暗殺されているから、マシな方であったりする。

 大賢者の弟子として名乗りをあげた者のうち十一人は、頭の中身を洗いざらい調べる魔法をかけられて廃人となった。


 その者がいた国を滅ぼした大国が、自称大賢者の弟子の身柄を確保して、尋問の後、明らかに偽証であると判断したわけである。


「大賢者の弟子。その価値は計り知れません。それが本物なのであれば。大国同士が奪い合うに値する宝です」

「だからこそ、国を滅びに導く災いとなる。そんなこと、わかっているだろうに」

「ですが、その名を騙ることによって短期的に得られるものもあります。身内同士の争いに勝利する為の劇薬。例えば、そうですね。わたくしが大賢者の弟子を手に入れたら、王位継承権を巡る争いで優位に立つことができるでしょう」


 何でそんなこと、王太子さまの前で言うの?

 あ、姫さまの左右の王子たちが笑ってる。


「我々、血を分けた兄弟ほど、このアホタレが王位なんてこれっぽっちも望んでないことは承知しているのだ」

「アホタレ呼ばわりは酷いですね、賢いお兄さま。南の国の軍ごときに国境の砦を落とされるはずがない、と主張したのはどこのどなたでしたか」

「はっはっは、毎度毎度、この調子なんだ。きみにも迷惑をかけているだろう?」


 王太子さまが笑って手を振る。

 あまり笑いごとじゃない気がするんだけど……?


「こんな妹だけど、母の友人だったというきみにはずいぶん甘えているみたいでね。よろしく頼むよ」


 よろしくされても困るんだが……?

 というかその話、この人たちも知ってるのね。


 いや、まあ、そうか、彼らふたりもあいつの子どもか……。

 あいつめ、いったいどんな話を彼らに吹き込んだのやら。


 ちなみに王太子さまが十六歳、弟の第二王子がたしか十三歳のはず。

 姫さまは十五歳で、あと他にもうひとりいる、あいつの子ども、第三王子はまだ七歳かそこらで、まだ政には参加してない。


「まあ、ええ、仲が良くて何よりですよ。それより、今日わたしにあるというお話は、その……自称大賢者の弟子に関することですか」

「こちらをご覧ください」


 姫さまが一枚の羊皮紙を差し出す。

 大賢者の弟子を名乗る者のひとりのプロフィールが、ざっくりと記されていた。


 ええと……なになに。

 ああ、うん、なるほどね。


「この経歴が本当なら、おれの知り合いですね。一時期、あなた方の母君と共にチームを組んでおりました」

「弟が、ちょうど先日、外遊の際にこの人物と会っていたそうです。その時点では、大賢者の弟子とは名乗っていなかったのですが……」

「こちら、ぼくが描いた、その方の似顔絵です」


 今度は弟の方が、白い布地にカラフルに描かれた人物画を差し出す。

 うわあ、こりゃまた上手い。


 繊細なタッチで、ダンディかつマッチョな自信満々の中年男の笑顔が描かれていた。

 これ単体で売り物になるんじゃないの? と少年の顔を見れば、少し不安そうにドキドキしている。


「見事な絵ですね。たいした才能がおありだ。いますぐ額に収めて部屋に飾りたいくらいですよ」

「あ、ありがとうございます!」

「そこはいいのですよ、そこは」


 姫さまにジト目で睨まれた。

 王太子さまも苦笑いしている。


 ゴメンネ。

 でも知り合いの息子さんが絵の才能があったら、そりゃ褒めちぎりたくもなるでしょう。


「あなたの知り合いの人物と似ておりますか?」

「知り合い、といってもチームを解散して以降、一度も会っておりませんが……別人、じゃないですかね」


 最後に会ってから、二十年近くが経っている。

 若い頃の印象なんて大きく変わってしまったに違いないのだが……。


 おれは、その人物の身体的特徴をいくつか挙げた。

 特に顎の下に大きなほくろがあること、右手より左手の方がひとまわり大きいこと、等は区別しやすい情報のはずだ。


 あと、魔術師ではあったがどちらかというと剣の腕の方が頼られていた奴だったんだよな。

 このあたりは公式の資料を漁っても出てこない、本当の知り合いしか分からない情報である。


「そのあたり、殿下はくだんの人物の様子を詳しく覚えておりますか?」

「ええ、もちろんです。やはり、別人ですか……。ものごしからは、剣を扱った覚えがあるようには見えませんでした。それに、母の話題も出ませんでしたよ」


 そこも気になるんだよな。

 弟君は、けっこう可愛い顔立ちで、母親、つまりおれたちのチームで頼りになる戦士だったあいつの面影がけっこうある。


 まさかこの国の王家に嫁いだということは知らなくても、あいつが本物なら、敏感に気づくだろう。

 ずっと遠く離れていたおれだが、それくらいの信頼はある。


「あいつは純粋に剣が好きで、旅の間も毎日剣を振ってたような奴でした」


 魔術師としては変わり者だが、まあ冒険者なんてやってる奴はだいたい変わり者なので問題ない。

 それはそれとして、くだんの人物があいつの名前を騙る意味って……?


「十二年前と九年前に、それぞれ別の亜人種との戦に参戦し、勝利に貢献しています。北方では有名だったようですね。亜人種の砦にひとりで潜入し、門を開けるのが得意であったそうです」

「あ、それは間違いなく本人ですね。あいつはそういう無謀なことを平気でするんだ」

「ですが八年前の霊峰探索隊を最後に、彼の経歴が途絶えております」


 それは知らなかったな。

 未知の場所への探索隊というのも、彼らしい話ではあるんだけど。


 聞けばその探索隊は途中でトラブルに見舞われ、目的地につくまでに半壊、そのまま解散してしまったとのこと。

 当時の参加者のほとんどはその後、数年で亡くなっているらしい。


 うーん、そういう経緯だから名前を使えると思ったのかなあ。

 もしあいつが生きてひょっこり出てきたら、どうするつもりなんだろう。


「何にせよ、すぐに消える者たちのことを殿下がそこまで考える必要はないのでは?」


 この似顔絵の奴が何を考えているかなんて知らない。

 こいつの後ろにいる国がどんな戦略を思い描いて、大賢者の弟子なんて名乗らせたのかに興味はない。


 確実なのは、大国が動くということ。

 小国など、アリのように踏みつぶされるということである。


 だが三人の王族は互いに顔を見合わせていた。

 うん? まだおれの知らない情報があるってことか?


「あなたや母の知り合いではないということがはっきりした結果、逆にこの者が本物の大賢者さまの弟子であるという可能性が生まれました」

「ああ、そういう……。たしかに八年前までの経歴が明らかなら、大賢者さまの弟子ではない、と」


 姫さまがうなずく。

 そりゃあ、あっちこっち旅をしながら大賢者の弟子なんてやるの、絶対に不可能だと判断できるもんな。


「でもそれなら、どうしてそんな経歴が明らかな人物の名前を使ったのか、って話になりますけど」

「これまで名乗りを上げた大賢者の弟子を名乗る者たちは、おおむね、その経歴が割れているか、あるいはすぐにわかるほど平凡な才覚の持ち主でした。この者は違います。弟が言うには、おそろしく頭の巡りが早い人物であり、乱世で輝く者の臭いがした、と」

「臭い、ですか」


 おれが視線を向けると、弟君は恥ずかしそうに身を縮こまらせた。


「そ、その……何となく、相手の雰囲気でそういうのがあるというか……」

「ちなみに、おれにはどんな臭いがします?」

「すごく、その、怖い人だな、って。あ、ご、ごめんなさい」

「いえ、それでよろしいかと。これでも数多の修羅場を潜ってきた冒険者ではありますからね」


 何だろうな、この子の母も、割とそういう動物的な嗅覚があったから、そういうのが子どもに受け継がれてるんかねえ。

 それにしても、臭い、雰囲気、か。


 気をつけておかないとなあ。

 気をつけておけるものかどうかは、わからんけども。


「本物の大賢者さまの弟子であれば、大国は猶更、確保に動くのでは?」

「ええ。取り合いが始まりますね。殺さずに、ただその国のためだけに働かせることでしょう」

「でしょうね。火を見るよりも明らかです」


 実際に、大賢者の弟子たちは皆、大国に確保されることを嫌がり姿を消したのかもしれない。

 おれの場合、大賢者の弟子という名で見られるのが嫌だったんだけどね。


 それにしても……うーん、こいつがねえ。

 マジで、まったく覚えがないツラなんだよなあ。


 少なくとも、大賢者の弟子ではない。



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