第9話 償い

「紗々ちゃん……、来てくれたんだ」

 あたしは嬉しかった。

 気持ちが通じたみいな気がして……。

 それなのに。


「来ちゃだめ!」


 荒木さんは、キツイ口調でそう言った。


「接見禁止です。社長命令ですので、私はメンバーと会う事はできません」

 強張った表情だった。


「私なの……。Nexの書き込みは私です」


 紗々ちゃんは泣きながらそう言った。


「なんとかして有名になりたかった。どんな方法でもいいから、Sya-Oの事を色んな人に知って欲しかった。たまたま、美惑ちゃんのパソコンがNexにログインしてあって……。勢いのある美惑ちゃんのアカウントならたくさん拡散される。そう思ったの」


 そして、紗々ちゃんは泣き崩れるようにして屈みこんだ。

 顔を覆って嗚咽する彼女の肩を、あたしはそっと支えた。


 荒木さんは無言で俯いている。


「紗々ちゃん、ちゃんと本当の事言ってくれてありがとう。部屋に戻ろう。あたしはこの事、誰にも言わないから。約束する」


 立ち上がらせて、玄関に向かったその背に――。


「紗々」


 荒木さんが声をかけた。

 紗々ちゃんは立ち止まって、荒木さんの方に顔を向ける。


「あなたが誰よりも一番頑張ってるのは、私が一番わかってる。これからはもっとメンバーを信じて、一つ一つのチャンスを大事にするのよ」


 その言葉に、紗々ちゃんは大量の涙で応えた。


「さようなら。ずっと応援してるからステージに立ち続けてね」


「うわぁーーーーーーーー」


 紗々ちゃんは、あたしの手を振り切って逃げるようにして玄関を出て行った。


「美惑さんには、本当にご迷惑をおかけしました。改めて心から謝罪します。私がもっとちゃんとサポートできていたら、こんな事には」


「もういいんです。荒木さんの想いも、紗々ちゃんの気持ちもよくわかりました。これ以上、謝罪はいりません」


「ありがとうございます。社長もそろそろ戻ると思うで、失礼します」


 荒木さんは、部屋を出て行った。


 本来なら、あってはならない結末だと思う。

 けれど、これがこの芸能界という世界の当たり前なのかもしれない。


 うっすらとシミが残った洗濯物みたいに、スッキリしない想いを抱えて、あたしはあたしの道を歩いて行くしかないのだと思った。


 しかしその夜、最悪の事件は起きてしまった。


 不穏の予兆であるかのような夕立が長引いて、外は雷を帯びた土砂降り。

 空は闇をうつしていた。


 晩御飯のために、というよりSNS用に作った煮込みハンバーグ。

 我ながらよくできた、なんて思いながら、写真をNexに投稿しようとスマホを操作していた時の事だった。


『今夜の東京は雨でーす。雨降って地固まる! 色々あったけど、ここからは通常運転です。みんな見て見てー! 美味しそうでしょ、上手に出来たー!」

 ペロンと舌を出した顔文字を添えてアップした。


 その時――。


 紗々ちゃんの投稿が目についた。


 インプレッションが10万を超えているため、おすすめでTLに流れて来たようだ。


 投稿した時間は、21:35。およそ1時間前。


『黒羽美惑ちゃんのアカウントを乗っ取って、Sya-Oのさーやと亜緒の事を誹謗中傷したのは私、森口紗々です。

 皆さん、ごめんなさい。

 美惑ちゃん、ごめんなさい。

 荒木マネージャー、最後まで守ってくれてありがとうございました。

 サンタ社長、今までお世話になりました。期待に応えることができず申し訳ありませんでした。

 悪いのは全て私です。

 この責任を取って、自ら命を絶ちます。

 ファンの皆さん、今まで応援してくれて、本当に本当にありがとうございました。

 こんな形でお別れする事を許してください。

 さようなら』


「何これ。責任って何? 責任って死ぬ事なの? そんなの……そんなのイヤ!」


 手に持っていたスマホを放り出して、急いで隣の部屋へ走った。


 ドンドンドンドン!!!


「紗々ちゃん! 開けて。お願い、顔を見せて」


 ガチャガチャとドアノブを回すが鍵がかかっている。


「紗々ちゃん! 紗々ちゃーーーん!!」


「美惑!」


 やってきたのは社長だ。

 あの書き込みを見て、慌ててやって来たのだろう。

 青ざめた顔をしている。


「社長、紗々ちゃんが……」

「電話に出ないのよ。ラインも既読にならない」


 社長は焦った様子で合いかぎを鍵穴に差し込んだ。

 何かあった時のために、社長はこのマンションに住むタレントの部屋の合いかぎを管理しているのだ。


 カシャっと開錠され、ドアが開かれたが、中には誰もいない。


「はぁ、遅かったわね」


「あたし、探しに行く!」


「美惑! 待ちなさい!」


 社長の声を背中で聞き流して、あたしはその足で非常階段を駆け下りた。


 どうか、間に合いますように。


 捜す当てなんてないのに、体は勝手に走り出していた。

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