第7話 スケープゴート

 Side—美惑


 マンションに帰り着いた頃には、既に各SNSに事務所からの声明文が掲載されていた。


『平素より、サンタ・ピエールプロダクションのタレントを応援していただき、誠にありがとうございます。


 この度、弊社所属タレント、ポッピング・ラブのメンバー黒羽美惑のNexアカウントが不正に乗っ取られるという重大な事態が発生いたしました。 この件に関して、皆様に深くお詫び申し上げますとともに、調査の結果を以下の通りご報告させていただきます。


 調査を行ったところ、今回のアカウント乗っ取りは、非常に残念ながら、Sya-Oのマネージャーである荒木弓香が関与していたことが判明いたしました。 荒木は、美惑の個人情報に不正アクセスし、アカウントの管理権限を奪取しておりました。


 この行為は、アーティストのプライバシーを侵害し、ファンの皆様の信頼を著しく損なうものであり、決して許されるものではありません。 弊社は即座に荒木を当該職務から解任し、法的措置を含めた厳正な処分を行う予定です』


 この声明文を載せたポストは瞬く間に拡散されて、すぐにネットニュースになった。


 あたしに対する過激な発言は少なくなったものの、事務所の発表すらも嘘だのローンチだの、スケープゴートだの、騒ぐ人は騒ぐ。


 ただ、スケープゴートに関しては、あたしもその可能性は否めないと思っていて、紗々ちゃんが何食わぬ顔で「おかえりー」なんて声をかけて来るのが、なんだか気持ち悪い。


 荒木さんの事はあまり良く知らない。

 知っている事と言えば、自分はSya-Oの一番のファンだと公言している事ぐらいだ。


 時には母親のように彼女らに寄り添って、泣いたり笑ったり励ましたりする姿を、あたしは見てきた。


 そんな人がSya-Oのメンバーを悪く言ったり、他のタレントのアカウントを乗っ取って誹謗中傷じみた事をやるだろうか?


 事務所がアカウントを管理しているタレントはもちろんあたしだけじゃない。

 あたしより有名なアイドルだって、もちろんたくさんいる。

 いろんなタレントがいる中で、どうしてあたしを選んだ?

 荒木さんが犯人だとしたら、いろんな疑問が沸いてくるのだ。


 どんな経緯があったのかはわからないけど、あの荒木さんが紗々ちゃんをかばって自分がやった事にして、社長に頭を下げるシーンを思い描いたら、胸が痛くなった。

 もちろんそれは、あたしの憶測に過ぎないのだけれど。


 RRRRRRRRRR……。


 スマホが着信を知らせた。

 スクリーンには『社長』の文字。


「もしもし」


「美惑。これから荒木がそっちに向かうから」


「え? 荒木さんが?」


「美惑に直接会って、謝りたいって。だから、家にいてちょうだい」


「わかりました」


 通話を切って制服を着替える。

 汗だくの制服は、そのまま洗濯機に放り込もう。

 ドラム式の蓋を開けると、白い小さな靴下が片方だけ忘れられているのが目についた。

 見慣れない靴下。

「あたしのじゃない」

 昨日、紗々ちゃんが取り忘れたに違いない。


 緩いTシャツに軽めのパンツに着替えて、お隣の部屋のインターフォンを押した。


「はーい!」

 と声がして、すぐに紗々ちゃんが顔を出した。


「靴下、片方だけ忘れてたよ」


 そう言って靴下を差し出した。


「あ! ありがとう。こんな所にあったのね。どこに行っちゃったんだろうって思ってた」


「ううん。それより大変だったね。荒木さん、辞めるんだって?」


「ああ、うん。美惑ちゃんも大変だったね」


 紗々ちゃんの顔は、やはり少し紅潮して引きつっている。

 声に張りがないし、目は合わない。


「いいマネージャーさんだったのに、どうしてあんな事しちゃったんだろう?」


「さぁ? どうしてだろう? 私、これからレッスンだから。じゃあ」


「ちょっと待って!」


 紗々ちゃんは、気まずそうに俯いた。


「新しいマネージャーどんな人だろうね?」


「さぁ、どうだろう」


「気にならないの?」


「そういうわけじゃないけど」


「さーやちゃんとか、亜緒ちゃんは、今回の事どう思ってるんだろ?」


「まだ、話してないからわからないよ」


「荒木さんとは、話した?」


 紗々ちゃんは俯いたまま首を横に振った。


「話した方がいいと思うよ。荒木さん、いつもSya-Oの一番の味方だった。たまたま見かけたんだけど、半年ぐらい前かな。バラエティで紗々ちゃん全然いいコメントできなくて、プロデューサーにめっちゃ怒られて、それを荒木さん、全部庇って受け止めてくれてたよね。まだ発揮しきれてないだけで、いい物持ってる子たちなんだって。見放さないでくださいって、必死で頭下げてた」


「うん。荒木さんはいつもそうだった」


「会っておかなくていいの?」


「でも、もう会えないし」


「会えるよ」


「え?」


「今からうちに来るの、荒木さん」


「え? どうして?」


「あたしに直接謝りたいって」


 紗々ちゃんの目は徐々に充血して、下瞼が膨らんだ。


「ごめん……ごめんなさい……美惑ちゃん……」

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