第6話 乗っ取り犯の真実
Side—美惑
「んっ、んーー」
えっと、ここはどこだっけ?
え? 寝てた?
遠くで生徒たちのざわつく声がする。
「ううぇーーい、こっちこっちー」
「なんだよ、下手くそかよー」
ボールを蹴る音。
あれ? あたし、何してるんだっけ?
何か、とても大事な事があったような……。
うっすらと明けていく靄の向こうに、人影が見える。
ベッドの横の椅子に腰かけて、こちらを覗き込んでいる――。
「良太……」
「美惑。気が付いた?」
そうだ! 思い出した!!
テスト最終日。
テストから解放された生徒たち?
って事は、放課後?
「Nexは? どうなった? あんずちゃんは? 今何時?」
矢継ぎ早に質問した。
「Nexはもう大丈夫。予定通り美惑のインスタを、俺がスクショしてNexに投稿済み。推し活部長? って人が拡散協力してくれて、けっこうインプ伸びた。あんずちゃんは職員会議。えっと、時間は今、12時15分。もうテストも終わって下校の時間だ」
「え? あたしそんなに眠ってたの?」」
思わず飛び起きると、ぐらんと眩暈がした。
「無理するなって。今から社長が迎えに来るらしい。それまで横になってるといいよ」
良太はあたしの肩を優しく押して、再びベッドに寝かせた。
不意に近づいた距離に、ぎゅっと胸が締め付けられる。
「良太……。ありがとう」
「なんだよ急に。どうせ昨夜もあんまり寝てないんだろ。テスト勉強遅くまでやってたんだろ? ゆっくり休むといいよ」
「そうじゃなくて」
「え?」
「あたし、良太に酷い事したのに、あたしの事、ちゃんと考えてくれて、助けてくれて、ありがとう」
言いながら、泣きそうになる。
良太は真顔になって、耳の先を赤くした。
「そういえば俺、振られたんだったな」
「ショックだった?」
「ああ、ショックだった。寂しかったし。お前が急にいなくなって……。俺って美惑にとって、それぐらいの存在だったんだなって」
「バカね」
そんなわけないじゃん。
良太の存在は、あたしにとって、ここにいる理由の全てなんだから。
好きって言ってほしい。
あたしだけを見てほしい。
そんな事、言葉にしたら、あたしはアイドルでいられなくなってしまう。
「あれ? 美惑。なんで泣いてるの?」
「バカ……泣いて、ないもん」
良太に背を向けた。
「ごめん……」
「なんで謝るの?」
「わかんないけど、なんか、ごめん」
余計に涙が溢れる。
言ってほしい言葉は、「ごめん」じゃない。
「美惑……」
良太の呟く声がした、その時――。
ガシャン!
激しくガラス割れる音が耳をつんざいた。
と同時に、良太があたしに覆いかぶさった。
「え? なに?」
近い近い近い近い近い!
良太の熱が背中全体を覆っている。
「ボールが飛んで来て、ガラスが割れたっぽい」
「良太は大丈夫?」
胸元に回している手を、ぎゅっと握った。
「あれ? この部屋じゃないな。隣の家庭科室みたいだ」
「はぁ、よかった」
ふっと、良太の感触が軽くなる。
あたしは思わず握った手に力を込めた。
「え? 美惑?」
「ごめん。もう少し、このまま、こうしてて」
「美惑……」
良太の吐息を耳元に感じて、触れ合っている部分が再び熱を帯びる。
「良太、あたし、良太が」
ガラガラガラッ!
「美惑! 美惑ーーー!!」
「社長!」
好きって言葉は、社長の声にかき消された。
弾かれるように良太は立ち上がり、仕切りのカーテンを少し開けた。
「こんにちは」
「あら、こんにちは。美惑はどこかしら? アタシ、黒羽美惑の保護者なんだけど」
「あ、社長さんですか? 美惑なら、ここに」
「美惑ーーーー!!」
社長は良太を押しのけるようにして突進して、あたしの両肩を掴んだ。
「大丈夫なの? 意識を失ったって先生が言ってたけど」
「もう大丈夫です。単なる寝不足です」
「それならよかったわ。さぁ、帰りましょう」
「あの、迷惑かけてごめんなさい」
「何言ってるの! アタシの方こそ、ちゃんと話も聞かずに悪かったわ。ごめんなさいね。考えてみたら美惑があんな事するはずないのよね。苦しかったわね。辛かったわね」
社長はそういって、中指で目尻をなぞった。
「あなたは、お友達かしら?」
良太のほうに顔を向けた。
「あ、はい、まぁ、そうっすね」
「あたしがずっとお世話になってた家の幼馴染なの」
「双渡瀬良太です」
「今回の事、親身になって色々やってくれたの」
「そう。それはお礼を言うわ。美惑がお世話になりました。後日改めてお礼に伺います」
社長は良太に向かって丁寧に頭を下げた。
「いえ! お礼だなんて。ただ……」
「ただ?」
「ただ……美惑から高校生活を奪わないでください。恋愛は仕方ないとして、青春まで取り上げないでください。」
「ふふ。面白い坊やだわ。安心なさい。しばらく事が落ち着くまで欠席させるけど、退学させたりはしないから」
「本当ですか?」
「もちろんよ。約束するわ」
そんな話になっていたなんて、知る由もなかったあたしは2人の会話に唖然としていた。
良太の申し出が、大げさな見当違いだったとしても、あたしは嬉しかった!
帰りの車の中。
社長はこう言った。
「乗っ取り犯、すぐにわかったわよ」
「え? うそ!?」
あたしはとっくにわかっていた。
紗々ちゃん、今後どうなっちゃうんだろう?
「犯人は、荒木だったわ」
「荒木? さん? Sya-Oのマネージャー?」
「そう。自分から白状したわ。事務所で管理してた美惑のアカウントを使ってログインしたらしいわ」
「どうしてそんな事?」
荒木さんは30歳ぐらいの女性だ。
オタクな雰囲気で、人をいらつかせがちで、いつも誰かに怒られている。
「むしゃくしゃしてやったんですって。けしからんわ。首よ首!」
「そ、そう、だったんですか」
この結末に、あたしは違和感を感じずにはいられなかった。
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