第3話 美惑、炎上中

 Side—良太


 期末テスト2日目の朝。


 慌てた様子で廊下を小走りする美惑の後ろ姿が見えた。


 ん? 何かあったのかな?


「リョータ、おはよ」

 安楽が隣に並んだ。


「おはよ」


「美惑ちゃん、昨夜だいぶ炎上してたな」


 まるで昨日観たテレビの話でもするかのように、安楽はそう言った。


「炎上? なにそれ?」


「Nexだよ。お前見てないの?」


 そう言われて、スマホをポケットから取り出した。

 そして、初めて俺は事の重大さを知る。

 美惑のポストにはこんな書き込みが。


『こんな事いいたくないんだけど、Sya-Oって結局使えるの紗々だけだよね。さーやと亜緒、本当邪魔。さーやのダンスは硬いし亜緒の音痴はそろそろどうにかならんのかな?

 人気が出ない理由はあの二人よね。紗々ちゃんかわいそ』


「なんだこれ? 美惑、どうしてこんな」


 そのポストは300以上のリポストに、一万近いイイネ。

 コメントは100を超えて来ている。


『確かにパフォーマンスには改善の余地があるね』

『的を得てて草w』

『厳しい意見も、チームのためだよね』

『そんなこと言わないで! さーやも亜緒も頑張ってる!』

『この頃露出少ないけど、Sya-O応援してるファンもいるんだよ』

『底辺でこんなこと言ってる奴が一番使えないwww』

『自分が実力ないからって、他を貶めるの最低』

『あんたも同じレベル』

『Sya-Oってなんだ? ってかお前誰?』

『無名がいきなりしゃしゃってて草』


 とにかく、よくも悪くも炎上している。

 こうしてる間にも、すごい勢いでインプレッションが動いている。


 これはまずいよな。


 安楽は教室の自分の席に座り、ノートを取り出しテストに備え始めた。


「なぁ! シンゴ! 聞いてるのか?」


「あ?」

 とぼけた顔をこちらに向けた。


「これはまずいだろ! デジタルタトゥーってやつになっちゃうだろ!」


「デジタルタトゥー?」


「美惑は今、デビュー前の大事な時期なんだ。しかも美惑はセンター。こんな事で相手に訴えられでもして、いきなり活動中止とか、そもそもデビューそのものがお釈迦って事にでもなったら」


「あ、それはまずいな」


「俺、ちょっと行ってくる」


 隣のクラスへと走った。


 美惑の慌てぶりからして、勢いで書いたはいいが消し方がわからないとか、思った以上に反応があってびびってるとか、そんなところか?


 いや、それにしてはなんか違和感がある。

 らしくないのだ。


 そもそも美惑とは長い付き合いになるが、彼女が他人の陰口を言っているのを見た事がない。

 Sya-Oの話なんて一度も美惑から聞いた事ないぞ。


 そもそも、他人にあまり興味を持たないのだ。

 いきなり、あんな評論家みたいな事、言い出すかな?

 とにかく本人に確かめるしかない。


 廊下からB組の教室を覗くと、後ろの席の雨音と何か話をしている。

 美惑の顔は、やはり青ざめて、今にも泣きそうだ。

 いや、泣いてるのか?


「助けて……雨音……」


 え?


 今、なんて?


 雨音に助けてって言った?


 B組の教室に一歩踏み込んで、立ち止まった。

 急に気持ちが落ちて、美惑に声をかける事ができない。


「けど、メールアドレスも変わってしまってたら、どうしようもないな。サポートに連絡した方がいいかな」


 雨音が、美惑のスマホを操作しながら、頭を抱えていた。


 俺の出る幕じゃなかったか。


 何やってんだ、俺。

 美惑に求められてるのは俺じゃない。


 雨音なんだ。

 がっくりと肩を落として、踵を返した時だった。


「それでいいのか~、良太ちゃ~ん」


「え?」


 誰?


 ぼわんと派手な出で立ちのお兄さんが見えた。

 キョロキョロと辺りを見回すが、こいつの姿は誰にも見えていないみたいだ。

 つまり、俺にだけ見えている。


「あれ? 忘れちゃった? 俺さまの事」


「チャラ神!! 何しに来た?」


「ヒロインの一大事に、絡まなくていいの? これ、ラブコメじゃねぇの?」


 腕組みをして、斜め下に俺を見下して、メタい事言ってる。


「絡むって、どうやって……」


「ったく、世話が焼ける主人公だ」


 チャラ神はドンっと俺の背中を押した。


「うわぁーーーーっ」


 気が付いたら、美惑の隣に立っていた。


「良太!」


「双渡瀬!」


「美惑……。いや、あの、なんつーか、Nexのあれ、大丈夫?」


「大丈夫、じゃ……ない……」


「やっぱり……」


 美惑はぽろぽろと涙をこぼして、下唇を噛み、そっぽを向いた。


「ふ、ふんだ。良太なんかに頼らないんだから! あたしたち、もう別れたんだから」


「別れたって、俺は……」


「あれ、書いたの黒羽じゃないらしいんだ」


 雨音が事情を代弁した。


「詳しく話せ!」


「アカウントを乗っ取られたみたいで、メールアドレスまで書き換えられてて、パスワード忘れの機能も使えない。書き込みはどんどん拡散されるし、どうしようナウ」


「やっぱりそういう事か。このままだとまずいな」


「犯人に心当たりは?」


 雨音が、美惑に聞いた。


 美惑は首を横にふる。


「全然わかんない」


「とにかく、乗っ取られてて、あれは美惑の発言じゃないって事を公表しよう」

 そういうと美惑は

「良太は引っ込んでて!」

 と目を三角に尖らせた。


「引っ込まない!」


「な、なんでよ?」


「俺は、お前のファン第一号だからだ!」


「へ……?」

 美惑の表情が、少し緩んだ。


「こんな事で終わって欲しくないんだ。だから……、とにかく、間違った情報を訂正しないと」


「ログインできないのに、どうやって?」

 と、美惑はまた俯いた。


「他のSNSは?」


「インスタならある!」


「じゃあ、Nexのログインエラーのスクショを載せて、説明を書きこもう。それを、俺がスクショしてNexに載せる」

 そう言うと、美惑は眼に力を宿し、うなづいた。


「わかった」


「お前、Nexのフォロワー何人だよ」


 雨音が俺に聞いた。


「うるせーな。38人だよ」


「よわ! しょぼ」


「うるせー、そういうお前は何人だよ」


「150人」


「じゃ、じゃあ、お前もやれ」


「お、おお」


 雨音が頷いたと同時に、ホームルームを知らせるチャイムが鳴った。

 生徒たちが席に着き始める。


 タイムアップだ。

 時間との勝負だと言うのに。

 美惑はチャイムの音で完全に固まってしまい、ため息を吐いた。


「もうダメだ。ホームルーム中にスマホ使えない」


 その後は、すぐにテストが始まってしまう。


「保健室だ! ホームルームの間、保健室に行って対処するんだ。15分は稼げる。急げ! 美惑!」

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