第2話 助けて・・・

 Side—美惑


 RRRR……

 スマホの着信音で目覚めた、次の日の朝。


「んっ……んーーー。誰? こんな朝早く」

 どっしりと重たい瞼をこじ開けて、スマホを手繰り寄せる。


 スクリーンに映る『佐伯さん』の文字と現在時刻、7:18。

「げ! もうこんな時間。全然朝早くないじゃん!」


 佐伯さんは、サンタプロの運転手だ。

 いつも、あたしを学校まで送迎してくれている。


「もしもし! 佐伯さん!! すぐ行きます。10分待ってください」


 佐伯さんの返答は聞かず、急いでパジャマを脱ぎながら洗面所に向かう。


 昨夜、紗々ちゃんが帰った後、明け方まで勉強していた。


 ザ・一夜漬け。


 取り合えず、洗面と着替えを済ませて、下へ降り、黒のロールスロイスに飛び乗った。


「すいません、寝坊しちゃって」


 佐伯さんは60歳ぐらいのおじさん。

 上品な白髪頭をオールバックに整えて、タクシーの運転手さんみたいな恰好をしている。

 元々はタクシーの運転手さんだったそうだ。


「はいはい。大丈夫ですよ。空いている道に迂回しましょう」

 にこやかでのんびりとした口調でそう言いながら、スムーズにスピーディに発信した。

 ばしゃっと洗っただけの顔にクリームを塗って、車内でメイクする。

 ファンデーションケースの小さな鏡に映るあたしは、寝ぐせボサボサで、アイドルを名乗るには申し訳ないほどにブスだ。

「や~ん、髪ぼさぼさやーん」

 そう呟くと、運転席からすっと何やら伸びて来た。


「何? これ」


「寝ぐせ直しミストです」


「ふわぁ、ありがとう」


 ルームミラー越しに目が合った。

 佐伯さんは、何か言いたげな顔をしていたが、何も言わずに視線を外した。

 なんだか違和感。

 気のせいかな。


 寝ぐせを直して、メイクが完璧に終わった頃、学校に到着。

 校門まで50メートルほどの所で降ろしてもらって、どうにか遅刻は免れた。


 校門を入ってすぐにスマホが着信を知らせる。

 RRRRRRRRRRRRR……


 スクリーンには、『社長』の文字。


 今度は一体なんなのよ!


「もしもし。おはようござ」

「美惑!! あんた一体なんなのよ! 何てことしてくれたのよ!」


「は? はい?」


 社長の声はこの上なく怒っていて、こんな事は初めてだった。

 そりゃあ、怒られる事はたまにはあったけど、ここまで怒鳴りつけられたのは初めての事だった。


「あんた一体どういうつもり? 何の立場でああいう事が言えるの? すぐに消しなさい!」


「あの、なんですか? なんの事かさっぱりわからないんですけど」


「Nexよ! Nexのポストに書き込んだ事。本音だろうとおふざけだろうと、ああいう事は人としてやっちゃいけないの。大騒ぎになる前に、さっさと消してちょうだい! こっちで把握してるパスワードでログインできないのよ。事務所の方で対処できないの。とにかく急いでちょうだい。拡散される前に」


 それだけ聞いても、全くもってなんの事なのかわからない。


「Nexですか? ああ! ラッキースケベ?」


「違うわよ! 昨日の書き込みよ。昨日のしゃおに対する誹謗中傷」

 しゃお→Sya-Oは、紗々ちゃんが所属する3人ユニットのアイドルグループだ。


「誹謗中傷? ですか?」


「そうよ。ああいうのを誹謗中傷っていうのよ。今すぐ消しなさい」


「はぁ。わかりました」


 昨日は朝に書き込みして以来、何も投稿していない。

 勉強してたし、今朝はバタバタでポプチャレすらまだなのだ。


 何の事だかさっぱりわからないが、取り合えずNexにログインする。


 昇降口で靴を履き替えながら……。


「え? エラー? うそ。ログインできない」


 急いで靴を履き替えて教室に走った。


「ちょっとごめん。ごめんなさい、どいて」


 廊下でふざけ合っている生徒たちを押しのけて、教室に入った。


「黒羽、おはー」


「雨音! ちょっとNexにログインしてくれない?」

 席に付いている雨音にすがった。


「は? Nex?」


「そう。早く!」


「ああ、ちょっと待って」


 雨音は怪訝そうな顔をしながらスマホを操作した。


「はい。Nex」


 そう言って、画面をこちらに向けた。


「あたしのアカウント、フォローしてる?」


「ああ、もちろん」


 察した様子で、スマホを操作する雨音。


「これ?」


 そう言って、再びこちらにスマホを差し向けた。


「ありがとう……え? なにこれ」


 そこには、身に覚えのない書き込みが!


『こんな事いいたくないんだけど、Sya-Oって結局使えるの紗々だけだよね。さーやと亜緒、本当邪魔。さーやのダンスは硬いし亜緒の音痴はそろそろどうにかならんのかな?

 人気が出ない理由はあの二人よね。紗々ちゃんかわいそ』


「あたし……こんな書き込みしてない。それに、こんな事、思った事もなかった。なにこれ?」


「どうした? 黒羽」


「雨音! どうしよう。これ、あたしじゃないの」


「え? どういう事?」


「こんな書き込みしてないの」


「と言う事は……。え? 乗っ取り?」


「何それ? あたし、こういうの疎くて、全然わかんないよ。ログインしようと思ってもできないの、どうしよう」


 頭が真っ白で、心臓が苦しい。

 涙がぽろぽろ零れてくる。

 

 乗っ取りって何よ?


「どうしたらいい? 雨音……、助けて」


 こんな時、本当は良太に頼りたかった。

 でも、自分からふっておいて頼れるはずもない。


 今、良太はいのりとあんずちゃんの彼氏なのだ。

 心の中では『助けて良太』って言ってるのに、この声が届くはずもない。


「助けて、雨音……」

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