夏―②
第1話 お隣のアイドル
Side—美惑
結局、勉強はあまり捗らなかったなぁ。
自室に戻り、充電切れになったスマホを充電器に繋いでパソコンの電源を立ち上げた。。
SNSの通知音が凄まじく、スマホの充電は夕方ぐらいに切れてしまった。
PCからSNSの反応をチェック。
「ふおー! フォロワー5万人超えてる。恐るべしラッキースケベ」
そう呟いた時だ。
玄関側の通路から賑やかしい人の気配。
「じゃあ、また顔出すから、元気で頑張るんだぞ!」
「うん、わざわざありがとう。頑張る」
「辛い事があったらいつでも帰って来るのよ」
「うん。わかってる」
玄関側の通路から、そんな会話が聞こえて来た。
隣の部屋の
両親が来てたのかな?
紗々ちゃんは、あたしと同い年。
1年前にサンタプロからメジャーデビューした3人ユニットのアイドル。
まだまだ有名じゃないけど、3人とも可愛いし、ダンスも歌もそこそこ上手い。
事務所では崖っぷちだなんて噂されてるけど、そのうちきっと売れるんだと思う。
なんせ、サンタプロのタレントなんだから。
初動でなかなか数字が伸びなかったんだよね。
今の所は主にライブとハローチューブが主な活動場所となっている。
他人事ながら、ちょっと心配。
そっと玄関を開けてみた。
「あ! 美惑ちゃん! 帰ってたんだ。お帰り」
紗々ちゃんはすぐにあたしに気付いた。
「うん。ただいま。今のパパママ?」
「うん。そう」
淡い黄色のノースリーブにデニムのショートパンツ。
緩くまとめたお団子からの後れ毛が少し大人っぽい。
「いいなぁ、あたし、パパいないから羨ましい」
「そっか。ふふ。美惑ちゃんに羨ましがられるなんて、なんかくすぐったいよ」
「何それ?」
あたしも照れ隠しに笑う。
「あ、もうこんな時間。私、コインランドリー行かなくちゃ」
紗々ちゃんは腕時計に目線を落とした。
「え? 洗濯機ないと?」
あたしの部屋には立派なドラム式洗濯機がある。
最初からあった。
タレントによって待遇が違うのかな?
「そう、まだ買えてないんだ。でもコインランドリー近いし問題ないよ」
「うちの洗濯機使う?」
「え? 美惑ちゃん家、洗濯機あるの?」
「う、うん。あるよ。使っていいよ。コイン、近いとはいえこの辺は人通りも少ないし、夜道は危ないよ」
「嬉しい! 超助かるー。ありがとう」
「うん、どうぞどうぞ」
数分後。
大きなランドリーバスケットに山ほどの洗濯物を持った紗々ちゃんがやって来た。
腕には茶色い紙バッグを下げている
「ママがね、お弁当作ってきてくれたの。洗濯している間、一緒に食べない?」
「いいと? ありがとう」
夕方、あんずちゃんが作ってくれたカレーを食べて来たからお腹は減ってないけど、付き合う事にした。
紗々ちゃんはきっとお腹が減ってるはずだ。
紗々ちゃんがドラム式に、洗濯ものを放り込んでいる間、あたしは冷蔵庫からお茶を出した。
フライングして紙袋の中のタッパーを覗き込む。
だって、すごーくいい匂いがしてたんだもん。
懐かしい、家庭の味の匂い。
「すごい! 紗々ちゃんのママ、料理上手なんだね」
大き目のタッパーには、色とりどりのおかずがぎゅうっと詰まっている。
肉じゃがにから揚げ。ちくわの中にきゅうりやチーズが詰め込まれていて、ミニハンバーグはとろけるチーズに包まれていた。
楕円に丸めたおむすびには、海苔で顔まで描かれている。
「かわいいー」
「美惑ちゃんのお口に合うといいんだけど」
紗々ちゃんは、おっとりとした口調でそう言いながら、隣に座り込んだ。
「おいひいね」
なんて言いながら、ざっと3人分はあろうかと思われるお弁当をパクパク食べた。
「紗々ちゃんて、学校行ってないんだよね?」
「そう。退学したんだ」
「へ? 退学? どうして?」
「芸能活動に専念したくて。私達、ほら、崖っぷちでしょ。後悔したくないから」
「後悔って……学校はいいの?」
「高校ってぶっちゃけいつでも行けるじゃん? アイドルは期限があるから……」
「そっか。そうだね」
「そういえば、SNS見たよ! フォロワーすごいたくさん増えてたね。あれって今朝更新したんだよね?」
「そうなの。自分でもびっくりしちゃった」
「すごーい。私なんて1年間でやっと1万だよ」
「1万でもすごいよ。普通の人よりは」
「う、うん、まぁ、普通の人……じゃないと、思うんだけど」
「あ! ごめーん。そういう意味じゃないんだよ。つい、なんて言うか、あたし、そういうとこあるんだよねー。ごめん、本当に」
「いいよ。美惑ちゃんに悪気ないのわかってるから。謝らないで。余計に虚しくなるよ」
「ごめんなさい。本当に。あ! そうだ。サンタプロ推し活部長さんって知ってる?」
「ああ、うん、Nexの匿名アカウントでしょ。うちの事務所では有名人だよ。ライブやコンサートではVIP扱い。けど、誰も正体を知らないんだよね。ライブにはいるははずなんだけどね」
「へぇ、そうなんだ。あの人にフォローされると、フォロワー増えるんだよ」
「う、うん。フォロー、してもらってる」
「そ、そっか……」
同じ事務所で、同じようにマネジメントしてもらって、売れる人と売れない人が出るのはどうしてなのだろうか?
という疑問と同時に、あたし達は大丈夫かな? なんてちょっと不安になっちゃったりした。
「すっかり食べちゃったね。美惑ちゃん、一緒に食べてくれてありがとう。一人じゃ食べきれなかったわ、きっと」
紗々ちゃんはそう言いながら空っぽになったタッパーを片付け始めた。
「ううん。とっても美味しかった。ご馳走さま。あたし、お風呂入るからゆっくりしてて」
「うん。ありがとう」
事件が起きたのは、次の日だった。
お隣同士で同じ事務所のタレントというだけの紗々ちゃんを、あたしは信用しきっていた。
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