第5話 良太の真実
外がようやく暗くなり始めた頃。
あたしは、いのりと一緒にあんずちゃんの部屋にいた。
双渡瀬家の外灯が、シンデレラレジデンスの敷地をぼんやりと照らしている。
あたしたちは三人並んで、ベランダの窓から良太の部屋の窓をガン見していた。
分厚い遮光カーテンのせいで、中の様子は全くわからないが、村崎ことりが帰った様子はまだない。
勉強そっちのけで、外ばかりを気にしていたから、わかる。
「もうそろそろ5時間になるよね」
1時間置きの経過報告を、いのりがつぶやいた。
「私はそろそろ、夕飯の支度をするのです」
あんずちゃんが立ち上がる。
「うん。あたし達、見張っとーけん」
この頃、あんずちゃんもなんだか元気がない。
元気がないというと、少し語弊があるかもしれない。
以前のようなキャピキャピした雰囲気が抜けて、なんだか少し大人になったような。
ちょっとだけ距離を感じる。
首騒動があったからだろうか?
変な話だが、あんずちゃんはあの時の記憶が曖昧なんだとか。
気が付いたら、犬のコスプレを買っていて、それを着ていて、首輪に繋がれて良太と散歩をしていたのだそう。
そういえば、良太もよく『体が勝手に――』とかなんとか言ってたっけ。
これも、恋の病の症状の一つなのかもしれない。
「あ!」
いのりが急に大きな声を出す。
いけない。ぼーっとしていた。
「何なに?」
いのりは良太の部屋の窓を指さした。
「電気が消えた」
「え? 本当だ」
カーテンの隙間から漏れていた灯りがなくなっている。
「もう、帰る所かもしれないよ。送っていくんじゃないかな」
「そっか。でも、まだ出て来ないね」
RRRRRR……
いのりのスマホが着信を知らせた。
「あ! りょう君からだ」
「本当? 出てみて」
「うん……もしもし?」
「うん、うん、大丈夫。どうしたの?
え?
うん、うん、わかった。
私はいいけど、美惑とあんずちゃんにも訊いてみないと。
うん、わかった。
じゃあ、ばいばい」
スマホの通話を切った後、いのりはこう言った。
「来週末の海、ことりちゃんも一緒に連れて行っていいかって」
「え?」
「彼女、学校に友達あんまりいないらしくて、仲間に入れてあげたいって」
「ちょ、それって、ことりちゃんとも付き合うって事かな?」
「さぁ? それはわからないけど」
「私はかまわないのです」
キッチンからいい匂いをさせながら、あんずちゃんが少しだけこちらに振り返った。
「あ、あたしも……別に。そもそも、あたしはもう良太の彼女でもなんでもないんだし、口出せる立場じゃない。いのりはどうなの?」
「二人がいいなら、私は問題ないよ」
そういって、きゅっと唇を噛んだ。
あたしにはわかる。
いのりは本当はイヤなのだ。
「無理しない方がいいよ。嫌な事はいやだってちゃんと言わなきゃ」
「うーん、こういうの初めてだから、嫌なのかどうなのかよくわからないんだよね。一緒に遊びに行ったら、案外楽しいのかもしれないし、それに」
いのりはたっぷりと間を持たせてこう言った。
「信じるって、りょうくんと約束したから。信じる!」
◆◆◆
Side—良太
真っ暗くなった部屋を、机の上からパソコンのモニターがチカチカと照らしている。
「どうでした? 彼女さん」
「うん。他の2人にも訊いてみるって。きっと大丈夫だよ。一緒に思い出作ろう」
「ありがとうございます」
ことりちゃんは、心から嬉しそうな笑顔を見せた。
赤いサイリウムを抱きしめて。
赤は美惑のサイリウムカラーだ。
「じゃあ、練習しましょうか。さっきの振りコピ、曲に合わせてやってみましょう。ここをライブ会場だと思って」
「うん!」
PCから流れる音楽に合わせて、彼女が歌う。
「さんハイ! 君の笑顔がーまぶしくてー」
サイリウムを顔の横でクルクルと回して、眩しくてーで目隠し。
「偽りのこーい そーれでもいいよ」
顔の横に構えてからの、前に突き出して右左、右。
「心のなーかでさけぶけどー」
ここで推しの名前を叫ぶ。
「みわくー」
「言葉にできないよ。後はジャンプです! 元気よく、思いっきりサイリウムを振りながら」
「ウェーイ! ウェーイ! ウェーイ!」
「いい感じです! 完璧ですね」
彼女は、美惑のファンだそうだ。
本当は自分もアイドル志望だったが、親の反対に負けて家業である歯科医になるべく歯科大を目指すのだそう。
勉強の合間に、アイドルを応援するのが唯一の楽しみで、友達を作る暇もなかったのだと語った。
今朝は、昨夜の動画からのテンションで思わず2年の教室まで来ていた。
一目、間近で美惑を見たかった。
あわよくば、頑張ってくださいの一言を伝えたかった。
そう言っていた。
彼女はポプラブにも詳しくて、リリース当日は、ライブハウスからライブ配信がある事まで知っていた。
俺でも知らなかったよ。
特別なファンや関係者しか知らない情報らしい。
俺は当然行けないのだけど、せめてこの部屋から一緒に盛り上がりたくて、彼女に応援の仕方をならっていたってわけだ。
小さい頃の記憶が蘇る。
俺はあの時、約束したんだ。
美惑がアイドルになったら、一番前の列で、一番大きな声で応援すると。
出来る限りの精一杯で、俺のやり方で、美惑に頑張れを伝えるんだ。
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