第4話 サンタプロ推し活部長さん

 一発目の初投稿で『サンタプロ推し活部長』さんって人にフォローされた。


 あたしのセクシーショットは推し活部長さんによってリポストされ、拡散されて、たちまちフォロワーが増え、午前中のうちに1000を超えた。


『ラッキースケベ、たまらん』

 という短いコメントと愛嬌のある顔文字が添えられている。


 あたしすごい!

 いや、すごいのは推し活部長さんだ。

 なんてったって、ブルーバッジすら付いてない一般人のアカウントなのに、フォロワーが9万人もいる。


 アイコンはバーコードヘアのおじさんのチビキャラ。

 色とりどりのサイリウムを持っていて、着ているTシャツには『I♥サンタレ』と書かれている。

 サンタレというのは、サンタプロのタレントの事だ。


 界隈ではそう呼ばれている。


 私もサンタレって呼ばれてるんだろうか。

 まだ実感がわかないんだけど。


 タイムラインはサンタプロのタレントばかりで賑わっている。

 きっとドルオタのおじさんだ。


 ドルオタネットワーク、すご!


「美惑。テストどうだった?」


 帰り支度をしていたあたしの所に、いのりがやって来た。


「うーっ、聞かないで。ダメダメやったー。追試確定やん」

 と、泣き真似をして見せる。


「明日は数学と物理だよ。大丈夫?」


「全然大丈夫じゃない」

 更に大げさな泣き真似。

 ふざけてるように見えるかもしれないが、しゃれにならないぐらい真面目に泣きたい。


「これからうちで一緒に勉強する?」


 そう言えば、いのりは超がつく優等生。


「いいの? おでがいじばずー。追試だけは免れたい」


「ふふ。じゃあ、一緒に帰ろうか」


「うん!」


 という流れで、学校帰りに、いのりの部屋に向かった。


「久しぶりだな。ここへ来るの」


 およそ二か月ぶりに踏んだ、シンデレラレジデンスの敷地。

 大家さん宅の暖かそうな外灯も、あおあおと茂った玄関横の落葉樹も、あの時のまま。


 良太を避け続けた二か月はとてつもなく長く感じていたけど、この場所はあの時と何一つ変わっていない。


 おじさんやおばさんの風貌も、いのりのサラサラのロングヘアも、あんずちゃんのピンクの車も。


 あたしだけが、足早に階段を上って行ってるような感覚が襲う。


 あたしだけが、もうここにいない。


「何ぼーっとしてんの?」


 いのりが部屋の玄関を開けて待っていた。


「あ、なんでもない。お邪魔しまーす」


 相変わらずきれいに整った部屋。

 センスのいいインテリア。

 無駄のないキッチン。


「ミルクティとレモンティ、どっちがいい?」


「ミルクティ、ミルクとお砂糖たっぷりー」


「はいはい、了解! 相変わらずだね」


「え? そう?」


「うん。相変わらずの甘党」


「そっか。なんか嬉しい」


「え? 何それ?」


「いや、なんか、あたしだけが変わって行くような気がして、なんか寂しいな、なんて思ったから、相変わらずって言われて嬉しいなって」


「美惑だけが変わっていくわけないじゃん」


「え? いのりも何か変わったの?」

 いのりは、シューシューと湯気をあげるホーローのケトルを、カップの上で傾けながらこう言った。


「変わったよ」


「何が変わったの? ねぇねぇ、教えてよー」


 いのりはもったいぶるように、紅茶を優先しながら、ちらりとあたしの顔を見た。


「りょう君と、キス……した」


 ずんっと内臓が鉛のように冷たく、重くなった。

 頬がこわばりだすのが、自分でわかる。


「そっか。うん、そうだよね。彼女だもんね。キスぐらい、するよね」


 コトンと、テーブルに置かれたカップを持ち上げる。

 やたらカラカラと乾き始めた喉を、早く潤したくて、勢いよく口元で傾けた。


「あっちー」


「バカね。火傷するよ。ちゃんとふーふーしなきゃ」

 いのりは慌てて冷蔵庫から冷たいミネラルウォーターをグラスに注いでくれた。


「うん、ごめん。ありがとう」


 ヒリヒリと痛みを訴える舌を、冷たい水で冷やすように、口に含んで呑み込んだ。

 それでも痛みは消えなくて、涙があふれて来る。


「私から言ったんだ。りょう君に」


「へ?」


「キスしたいなって」


「そう」


 もういいよ、いのり。

 あたし、その話、聞きたくない。


「彼ったらね、照れてるのか戸惑ってるのか、緊張してるのかわかんないんだけど、ずっと――」


「ごめん! いのり。あたし、ちょっとコンビニ行ってくる」

 思わず立ち上がった。


「コンビニ? 何買うの?」

 何も買う予定ないけど。


「お腹空いちゃって。おやつ買って来る」


「クッキーあるよ」


「ううん。パンが食べたい」


「そう」


「うん。ごめんね」


 そう言って、いのりを振り切るようにして外に出た。


 いいなぁ、いのりはずっと良太の傍にいれて。

 自由に恋して、好きな人に愛されて。

 運命の恋まっしぐらで。


 私も良太の傍にいたかった。


 ぽろぽろと零れる涙を手の甲で拭うと、歪んだ視界に良太が映った。


 思わず階段の影に身をひそめた。

 だって、隣にあの子がいたから。

 スイーツ女子、一年の村崎ことり!


「本当にいいんですかぁー? テスト期間中なのに」


「いいよ。俺もいろいろ知りたいし」


「ことりが知ってる事でよければ、なんでも教えてあげます」


 今朝より随分距離が縮まって、仲良くなっているように見える。

 良太は当たり前のように家の鍵を開けて、彼女を招き入れた。

 鍵がかかっていたという事は、おじさんとおばさんは留守だ。


 両親が留守の自宅で、女の子と二人っきり?


 これからこの後、ここで一体ナニが?

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