春ー⑥
第1話 次なるステージへ
Side—美惑
いよいよ、メンバーとの初顔合わせ。
その後、軽く食事会と言う事で、ちょっと、いや、かなり気合を入れておしゃれして行く予定。
何を着ようかと、スーツケースをひっくり返して、これじゃないあれでもないとファッションショーした後。
オフショルダーのふんわりブラウスに、ハイウエストのショートパンツに着替えた。
靴はレースアップのサンダル。
全体的にモノトーンで、あたしらしく。
少し伸びたボブヘアーの毛先をカールアイロンで巻いた。
全体的には、なかなか可愛く仕上がったが、鏡に映る顔は、いつになく緊張していて上手く笑えない。
これからどんなメンバーと活動していくのかは、まだ知らされていなくて、一つだけ決められている事。
それは、あたしはセンターだと言う事。
「しっかりしなきゃ」
そんな心の声が口からこぼれた。
顔合わせは、いつものレッスンスタジオ。
あたしは何度も足を運んで来たが、他のメンバーは初めてそこに足を踏み入れるらしい。
つまり、元々のサンタプロに所属しているタレントはあたし一人で、他のメンバーは、一般公募のオーディションによって集められたというわけ。
オーディションにはおよそ一万人以上が集まった。
その中から選ばれた猛者なのだ。
あたしより、歌もダンスも上手いかも知れないし、見た目だって可愛いに決まってる。
本当に、あたしがセンターでいいのだろうか?
そんな、あたしらしくない不安を抱えながら、スタジオの更衣室に入った。
扉を開けると、すらっとした出で立ちの女の子が目に入った。
ちょうど上着を脱いでいて、真っ白い華奢な背中がこちらを向いている。
髪は、照明に反射して深い青に見える。
顎の辺りで切りそろえられたボブヘアーだ。
彼女は胸元を白いTシャツで抑えながら、慌ててこちらを振り返り、緊張気味の顔でほほ笑んだ。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。もしかして、サンタプロ?」
「う、うん。君も?」
「そう。あたしは黒羽美惑」
「僕は、愛川翼」
僕?
どう見ても女の子だけど、いわゆる僕っ娘か。
リアルで見るのは初めてだ。
クールな目元が印象的で、爽やかな女の子。
「あ、あたしは、16才。翼ちゃんは?」
「僕は17歳。高校3年生だよ」
「一つ上だね。同じグループだし、先輩とか後輩とかはないし、敬語とかは使わないよ」
「うん、もちろん、いいよ。君の事、美惑って呼んでいい?」
「うん。いいよ! よろしくね」
緊張がほどけた笑顔を見せると、彼女は慣れた手つきでTシャツを被った。
「先にスタジオ行くね」
「うん、後でね」
立ち居振る舞いと姿勢、体つきでわかる!
かなりダンスをやり込んで来た体だ。
無駄なお肉なんて全くなくて、寧ろ必要なお肉が足りないぐらい。
動作一つ一つが体幹の良さを物語っていた。
あたしも急いで着替えて、スタジオに入った。
既に、翼の外に3人の女の子が、壁に貼られた大きな鏡の前で、それぞれストレッチをしている。
その光景に、尻込みしたくなる。
「はいはーい。みんな集まったわね」
背後からの声に振り返ると、社長が筒状に丸めた白い画用紙のような物を持ってスタジオに入って来た。
全員が「おはようございます」と言いながら、注目する中
「先ずはまあるく円になってちょうだい」
その声に、素早く反応する女の子たち。
ざっと見た感じ、年齢もかなりばらつきがあるように思う。
「先ずは、あなた達のグループ名を発表するわよ」
社長のテンションはかなり高い。広い額に汗が光る。
この瞬間を、社長も待ちわびていたのだろう。
手に持った筒状の用紙をゆっくり広げながら
「どぅるるるるるるる、ぽーーーん」
と言って跳ねた。
広げられた紙には、堂々した筆文字が躍る。
「ポッピング・ラブよ」
「ふわぁ」
「きゃあ」
そんな声で、静まり返っていたスタジオはにわかに明るくなった。
「あなた達は今日からポッピング・ラブ。その体で、その声で、その笑顔で、ダンスで歌で、愛をはじけさせるのよ!」
「はい!」
じわっと胸が熱くなる。
いよいよ、始まるんだ。
「さぁ、それぞれ自己紹介しましょう。先ずは、美惑から」
「はい」
弾かれるように一歩前に出て、ぺこんと頭を下げた。
心臓が痛いほど早鐘を打つ。
「小悪魔担当の黒羽美惑です。16才、高校2年生です。中学3年生の時に社長にスカウトされて、ずっと夢だったアイドルを目指してきました。やっとデビューできるこの瞬間は一生の宝物です。みんなと仲良く頑張って活動していきたいです」
言い終えた瞬間、翼と目が合った。
「初めまして。僕っこ担当の
こういう機会を与えていただき、社長やプロデューサーには感謝してます。一生懸命頑張るのでよろしくお願いします」
誰が指すでもなく自発的に一歩前に出てそれぞれ自己紹介をする。
「癒し系お姉さん担当、
韓国の芸能事務所に所属してましたが、紆余曲折あり日本に帰ってきました。
これから、色々あると思うけど、どうぞよろしくお願いします」
「妹担当、
「幼馴染担当、
ダンスも歌も初心者ですが、運動神経とリズム感には自信があります。どうぞよろしくお願いします」
パチパチパチとひと際大きく拍手をした社長は、もう一枚の紙を広げた。
そこには私達の名前とステージ上でのポジションが描かれている。
「それぞれのポジションよ。センター美惑。サブセンター、翼。セカンドポジションの左がきさら、エッジである右端が寧々、左端がのどか」
全員の視線があたしに集まる。
この眼差しは、羨望か不服か。それとも嫉妬?
◆◆◆
Side—良太
「良太―、良太!」
階下から母が俺を呼んだのは『来るべき物が来ないのです』と、杏ちゃんが意味深発言をして、帰って行ってから数分後の事だ。
バタバタと階段を上がる母の足音は徐々に近づき、ゴンゴンとノック音に変わった。
「はーい」
ガチャっと空いたドアの向こうから現れた母の手には、大き目の段ボール箱。
「何? それ」
「すっかり忘れたんだけど、ヤマゾンから桃地先生に荷物が届いてたのよ。不在で預かってたのをすっかり忘れてたわ。ちょっと届けて来てくれる?」
「ああ、わかった」
来るべきものとは、どうやらこれの事だったらしい。
ささっと服を着替えて、早速、杏ちゃんの部屋へと出向いた。
ピンポーン。
「はーい」
杏ちゃんは、日焼けで少し赤くなった顔をドアの隙間からのぞかせた。
「はわわ。良太くん!」
「あの、荷物持ってきました。すいません。母が渡すの忘れてたみたいで」
「わざわざありがとうなのです。どうぞ上がって」
「え? あ、いや」
「いいからいいから、上がるのです。この荷物は、良太君にも深い関係があるのです」
「え? 俺に?」
「はい、大有りなのです」
「じゃあ、お邪魔します」
甘ったるい色彩と、柑橘系の香りが充満した部屋に吸い込まれるように入って行くと。
杏ちゃんは、どこからともなく取り出したカッターでズズズっと箱の封を切り裂いた。
逸る気持ちを抑えるように、箱を開け、中身を取り出すその目は、キラキラと光を宿している。
「はわわわわわーーー、可愛い」
杏ちゃんの手には、黒い革製のベルトとシルバーの太い鎖が握られていた。
「これを付けて、良太君とお散歩に行くのだワン」
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