第2話 夜の公園は秘密がいっぱい
Side—いのり
山椒と唐辛子がつんと鼻の奥を刺激する。
厚手のフライパンの中で、ぷくぷくと気泡を湛えるトロトロの餡を追いかけるように、お玉でかき混ぜる。
小皿に少し移して、ちゅるんとすすり上げると
「う~ん」
と、思わず声が漏れた。
唐辛子が効いて辛いけど、我ながら美味しい。
初めてにしては上出来!
本格的な麻婆豆腐。
でもやっぱり作り過ぎてしまった。
そうだ!
桃地先生に持って行ってあげよう。
こうして作り過ぎた夕飯を、美惑と桃地先生と一緒に食べたりしたっけ。
もう、あの家に、彼女はいないんだ。
と思うと、なんだか寂しいような、清々したような、複雑な気持ちになる。
りょう君は、寂しいなんて感じているのだろうか?
全校生徒が注目する中、濃厚なキスを交わした二人の姿が脳裏に浮かび上がり、きゅっと下唇を噛んだ。
嫉妬なんて見苦しい。そう思いながらも、自分の気持ちに真っすぐな美惑が少し羨ましくもある。
結局、ああいう子が最後は得をする。
けれど、彼女はアイドル。
恋愛禁止。
もう彼の傍にいる事はできないのだ。
「ふふ」
堪えきれない笑いがこぼれた。
手頃なタッパーに出来立ての麻婆豆腐を取り分けて、粗熱を取り、大き目のハンカチに包む。
時刻は20時。
桃地先生はもう夕飯食べただろうか?
既に食べた後だったとしても、明日の分にしてもらうのもいい。
熱々のタッパーを持って、玄関の扉を開けた。
「ふわぁ! え? ええ?? 何? あれ」
異様な光景に思わず目が釘付けになる。
露出度の高いスポーツウェアに、両手両足にモコモコを付けた「桃地先生?」
頭には犬みたいな耳。
首には革製の首輪が付いていて、鎖に繋がっている。
その鎖の先には
「りょう君?」
りょう君は、警戒するようにキョロキョロと辺りを見回している。
桃地先生は、二足歩行ではあるけど、まるで子犬みたいに、時々りょう君にじゃれては、嬉しそうに飛び跳ねている。
僅かに「きゃわわん」と声が聞こえる。
そんな二人の後ろ姿を、私は茫然と見守っていた。
アパートの敷地を出て、ランニングコースの方向に歩いていく二人。
何が行われているのか、あの後どうするのか、つい気になって、恐々二人の後を追った。
犬の散歩ごっこ?
飼い主と犬?
それにしては、おかしい。
だって、引っ張られてるのはりょう君の方なのだから。
躾のできていない犬に翻弄される飼い主みたいだ。
熱々のタッパーを両手に抱えたまま、そっと後を付けた。
辺りはすっかり暗くなっていて、時々街灯や通り過ぎる車のヘッドライトが二人の姿を浮かびあがらせている。
夕月公園の入り口を入って行った。
公園は所々ライトアップされているが、人はまばら。
ランニングコースを時々人が走って行くが、二人を気に留める者はいない。
アスファルトのランニングコースの脇には、ふわふわの柔らかい芝生が敷き詰められていて、桃地先生はそこに四つん這いになった。
つんと突き出したお尻を振り振りしながら、ゆっくりと歩くりょう君についていく。もちろん、鎖で繋がれたままだ。
お尻には、尻尾まで生えていて、先生が歩く度に左右に揺れる。
「かわいい」
思わずそんな声が漏れた。
自分をぱーっと開放しているみたいで、羨ましいまである。
りょう君は時々先生の頭をよしよしと撫でながら、ゆっくりと歩いて行く。
私はそんな二人を木の影に隠れて、ずっと眺めていた。
「あれ? 白川?」
その声にびくんと肩が跳ね上がった。
慌てて振り返ると
「雨音君!」
スポーツウェアを着た雨音光輔がその場でランニングしていた。
「何やってんの? こんな所で」
まずい!
あんな二人を学校の生徒に見つかっては変態。いや、大変!!
「あ、いや、別に、あのー」
「散歩?」
「あ! ああ! そう! 散歩よ、散歩していただけ」
「一人で?」
「そ、そうよ。一人。もちろん一人よ」
「なんか、様子がおかしくないか?」
まずい。動揺が隠し切れない。
「そそそそそんなっ事ないわ。全然動揺なんかしてないんだから」
雨音君は怪訝そうに辺りを見渡した。
視線が桃地先生たちの方に向く、その瞬間。
さっと体を入れて、視線を遮った。
「来いよ」
「え?」
「付き合ってやるよ、散歩」
「どうして?」
「この公園、夜はけっこう変態が多いんだ」
「へへへへヘへへへへンタイ?」
「女の子一人じゃ危ないだろ」
「あ、そうね。ありがとう」
雨音君は、彼らとは反対方向に歩いて行く。
そっと胸を撫でおろし、その後に続いた。
「それ、何持ってんだよ?」
タッパーに向かって顎を突き出した。
「あ、これ。これは、その……晩御飯。なんか、うっかり持って出て来ちゃった」
「は? 意外とおっちょこちょいなんだな」
「あ、はは。そうね」
「あ! なんだ、あれ?」
彼は急に立ち止まって、少し大きな声を出した。
どきんと心臓が跳ねた。
「いたいた! 変態、発見!」
まずい! りょう君と桃地先生が見つかった?
彼が指さした方角には、犬のコスプレの桃地先生……ではなく、あきらかな中年のおじさんと、あきらかな未成年の女の子。
仲睦まじく、手を繋いで歩いている後ろ姿が見える。
援助交際かしら?
「なんか見覚えのある後ろ姿だな」
雨音君は声を潜めた。
「そういえば、あの背広に、薄い髪の毛」
「校長じゃね?」
「は!」
私は今にも悲鳴を上げそうな口を両手でふさいだ。
少し振り返った女の子の横顔には見覚えがある。
「あの子、写真部の……一年生」
「え? 校長と、生徒?」
二人は時々顔を寄せ合い、楽しそうに笑い合っていた。
手は恋人のようにしっかりと繋がっている。
「ヤバい物見ちゃったな」
「まさか、親子じゃないわよね?」
「校長は山崎だけど、あの子はなんていうんだ?」
「確か、赤坂さん。でも、離婚してお母さんの姓を名乗った可能性もあるわ」
「親子だとしてもあの距離感はおかしいだろ」
「確かに。父親と恋人繋ぎで夜の公園を歩くなんて、私なら絶対に無理!」
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