第4話 移ろう恋心
Side—良太
じりじりと焼き付くような太陽が照らす屋上で、杏ちゃんはポンっと簡易テントを開いた。
「この中は案外涼しいのです」
形を整えて
「どうぞ」
と、中へ俺たちを促した。
「うわ! キャンプみたい」
「ちょっとテンション上がるね」
いのりは、丁寧に靴を脱いで、中に入る。
日陰になったテント内には通気口があって、爽やかな風が通り抜ける。
「案外涼しいんだね」
なんて言いながら、俺は美惑の事が気になった。
今朝は早起きして、お弁当を作っていた。
キッチンに俺が入ると
『見ちゃだめ! お昼のお楽しみなんだから』
と俺を押しのけたのに。
他で約束って、一体……。
「じゃーーーん! お稲荷に、手巻き寿司。唐揚げにポテトサラダもあるのです」
「うわぁ、美味しそう。杏ちゃん、料理上手なんだね」
俺が誉めると、自慢げに首を傾けた。
「私はこんな感じ」
いのりが作ったお弁当は、小さなカップに色とりどりのキャラクターを模したおかずが詰め込まれていて、まるでピクニックだ。
インスタ映え間違いなしだな。
「こんなお弁当、生で初めて見たよ。すごいね」
「すごい! かわいいのです」
「んふふ。うちのお母さん、お料理教室の先生なの」
美惑は一体、どんなお弁当を作っていたんだろうか。
「はい、あーん」
杏ちゃんが、唐揚げを口元に運んだ。
「え? あ、はい。あーん」
小ぶりの唐揚げをパクっと口に頬張る。
「ふんふん、おいひー。味がしっかりしてる」
俺の反応に、頬を赤らめてわかりやすく喜んでいる様子。
「はい」
今度はいのりが、小さなカップを差し出した。
「あれ? あーんってしてくれないの?」
いつもいい子ですましているいのりをちょっと揶揄いたくなった。
「ふ、ふん。私はいい」
「えー、あーんってして欲しい」
「え? んー、じゃあ、一回だけよ」
顔を真っ赤にして、クマのキャラクターのピックで刺したミートボールを差し出した。
「あーん、んーーーー! 美味い。これ手作り?」
「そうよ」
「レトルトと全然味違うね」
「んふふ。じゃあ、今度は卵焼き。はいあーん」
「あーん! んん! うまっ。この味付け好き!」
「じゃあ、お稲荷ちゃんも食べて」
杏ちゃんが稲荷を口元に運ぶ。
「あーん。んーんんんーーーーー!!」
甘じょっぱいタレが、じわっと頬を刺激する。
こんな感じで、甘いお昼時が過ぎて行くが、なんだか味気なく感じてしまうのは何故だろう。
なんだか炭酸の抜けたサイダーみたいに刺激がない。
つい、フェンスの向こうに美惑の姿を探してしまう。
こんな所から、見つけられるわけなんてないのに。
「どうしたの? りょう君? 元気ないね」
いのりが俺の顔を覗き込む。
「そんな事ないよ。なんだかお腹いっぱいになっちゃったよ」
俺はそう言って、一人テントを出た。
背の高いフェンスの金網を握ると、火傷しそうに熱かった。
校庭の木陰でお弁当を広げている生徒たちに視線を走らせる。
3階建ての校舎の屋上。
この距離からでも、俺は美惑を探し出す自信がある。
あ、あれ。
まさか、そんなバカな。
反対側の校舎の花壇の前に、美惑を見つけた。
楽しそうに、一緒にお弁当を食べているのは……雨音?
なんで雨音なんかと?
自作のお弁当を「あーん」とかしているのだろうか?
「良太君? どうしたのですか?」
「なんでもない。俺、ちょっと、トイレ」
そう言って屋上を出た。
頭が真っ白だった。
階段を駆け下りて、美惑と雨音の元へと走った。
どういう事なんだよ。
俺の事散々好きだとか愛してるだとか言っておいて。
こんな時になんで雨音と一緒にいるんだよ。
ふつふつと怒りが沸き上がる。
今すぐ問い詰めないと気が済まない。
いや、ちょっと待て。
俺にそんな資格あるんだろうか?
この形は美惑が望んだ関係だっただろうか。
俺は自分勝手に、否、チャラ神の勝手に作られた、男のご都合主義なハーレムじゃないか。
それに、美惑を巻き込んだのだ。
勢いよく駆けだした足は失速し、やがて止まった。
俺は一体、何がしたいんだ?
「良太。どうしたの? こんな所で」
俺に気付いた美惑がやって来た。
「いや、別に。美惑、楽しそうだなと思って」
美惑は意味深に含み笑いをしている。
「うん。楽しいよ。雨音君に告白されちゃった」
「は? マジ? それ」
「うん。マジだよ。好きって言われた」
「あいつ、この前までいのりだっただろ。そんな急に心変わりする?」
「思春期の恋心は簡単に移ろうんだよ?」
なんだか、不穏な空気。
「それで……、美惑はどうするんだよ」
「どうって。良太はどう思う?」
「そ、それは……美惑が決める事だから……」
パチン!
突然、首が45度回転した。
と同時に、目の前で火花が散って、頬がじーーーんと熱を持つ。
美惑にビンタされたのだ。
「いってー、何するんだよ!」
美惑は今まで見た事もないぐらい真剣な眼差しで俺を睨みつけてこう言った。
「これで、あたし達おしまい。今度はあたしが振ってあげる。あたしからさよならしてあげる。バイバイ、良太」
美惑はくるりとこちらに背を向けて、走った。
「ちょ、美惑……」
その背中を茫然と……
見送らない!
俺は美惑を追いかけた。
「ちょっと待てって。美惑!」
美惑の背中はどんどん小さくなって。
そんな俺の前に立ちはだかったのは、雨音光輔。
「あ~あ。ふられちゃったな」
勝ち誇った笑顔を見せる。
「うるせー。美惑は俺の彼女だ。手出すな」
「お前、今ふられただろう」
あ、そうだった。
俺は美惑に振られたんだ。
悲しいとか悔しいとか言うより、なんだか信じられない気持ちでいっぱいだった。
美惑は、雨音を選んだって事なのか?
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