第5話 100%の愛

 Side—美惑


 白み始めた空がピンクのカーテンを淡いオレンジに染めるている。


 朝だ。


 あたしはまだベッドの中でまどろんで

「はぁ~ん、もう!」


 複雑な溜息を漏らす。


 良太と晴れて恋人同士になれた事は嬉しい。

 嬉しいのだけど――。


 3人って何よ!!

 しかも、白川いのりがこのアパートに越して来るなんて、一体どうなってるの?


 枕に顔をうずめて、足をバタつかせた。


「良太君、おはようなのです」


 窓の外から桃地先生の声が聴こえた。


「双渡瀬君、おはよう」


 白川いのりの声。


「杏ちゃん、白川さん、おはよう」


 良太の声。


 カーテンの隙間から外を見下ろすと、スポーツウェアの3人が、外で楽し気にストレッチをしている。


 これからランニングに行くのか?


 もしかして、良太はいつも桃地先生とランニングしてたのかしら?

 慣れた様子で一緒にストレッチをしている。しかも、楽し気に。

 こうしてはいられない。


 昨夜遅くまでのレッスンで、筋肉痛気味の体にムチ打って、起き上がった。

 急いでスポーツウェアに着替えて、顔を洗い、外に出る。



 3人はちょうど、敷地を出る所。

 ギリギリセーフ。


「ちょっと待って!」


「美惑! もう起きたの? 昨夜も随分遅くまでレッスンだったみたいだけど大丈夫か?」


「大丈夫よ。あたしも行く! 抜け駆けは許さんけんな!」


「抜け駆けなんて人聞き悪いわね。たまたまランニングに行こうと思って外に出たら、双渡瀬君や桃地先生と被っただけよ」


 白川は無表情でそんな言い訳をした。


「ふぅん。ランニングに行くにしてはやたら気合入ってるやん。こんな早朝からばっちりメイクしちゃって、下心見え見えなんですけど」


「はぁ? メイクは女子のたしなみよ。あら? 美惑さん、すっぴん?」


 しまった。起きてすぐで、メイクする時間がなかった。


「ぐぬぬ……」


「まぁまぁ、二人とも落ち着くのです」


 呑気な口調で桃地先生が制止する。


「そういう先生だって、やたらセクシーじゃない? そのウェア」


「うふふ、気付いちゃいました?」


「んもうー! とにかく、勝手な行動は慎んでよね。良太も何か言いーよ」


「あ、うん。みんなで行こう。仲良く走ろうか」

 全く、呑気なんだから。

 でも、そういう所も、好き。大好き。


「じゃあ、行きましょう」



 ふっふ、はっは、ふっふ、はっは。


 良太の隣をキープしながら走っていると、白川が割り込んで来る。

 反対側は桃地先生がキープしていて、私はその間に割り込んだ。


「ちょ、ちょっと美惑さん? ここは私の場所なのです」


 と、弾きだされてしまった。


 二人に挟まれて、自分のペースで走る良太。

 そんな光景を後ろから眺めていると、みじめな気持ちになる。


 良太はずっとあたしだけのものだったのだ。

 満開の桜も、満点の花火も、色とりどりの紅葉も、クリスマスのイルミネーションだって、全部良太と二人きりで見てきたのだ。

 いつも隣には良太だけがいたのに。


 やっと成就した恋が、3分の1だなんて。


「美惑?」


 良太は振り返って、立ち止まった。


「良太。私、やっぱり嫌だ! 3分の1の愛なんて……イヤ」

 じわっと涙が込み上げる。

 泣くなんてズルい。

 そんなのわかってる。

 けど、勝手に溢れて来るんだもん。


「美惑」


 良太は、こちらに背を向けて、その場にかがんだ。


「え? なに?」


「おんぶだよ。おんぶ。負荷」


「良太」


「3分の1だなんて誰が言った? 3人とも俺の100%だ。絶対に誰にも悲しい想いなんてさせない。3人とも、絶対に俺が幸せにする」


 と言った、後。


「いや、あの、ちが……体が勝手に」


 と聞こえたが、おんぶの態勢はそのまま。


「レッスンで疲れてるんだろ? いつも筋肉痛でしんどそうなの、俺は知ってるから。無理するなよ」


「良太。嬉しい。ありがとう」


「いや、あの……クッ」


 なんだか、よくわからないけど、いつの間にか逞しくなった良太の背中にしがみついた。


 スッと立ち上がり

「行こうか」

 そう言って、走り出した。


 良太の両脇にぴったり寄り添う、白川と桃地先生。

 あたしは良太の首に腕を巻き付けて、背中に頬を寄せた。


 なんだか不思議だけど、とっても幸せな気持ち。

 良太の一番近くにいるのは、いつもあたしなんだっていう安心感が沸いて来る。


「私も、双渡瀬君の事、名前で呼びたいな」


「白川さん……、いいよ。嬉しいよ」


「良太、はダメよ。あたしと被るから。他の呼び方にして」


「どうして同じじゃダメなの?」


「読者への配慮よ。どっちも同じ呼称表記だと、どっちのセリフか分からないでしょ。いちいち、白川は言った、とか、美惑はそう言って笑った、とか、描写しなきゃいけないじゃない。作者の身にもなんなさいよ」


 良太は何度も「へ? おま、まさか」と言いながら、私を振り返っていた。


「そっか。じゃあ、りょう君って呼んでいい?」

 と、良太の顔を覗き込む。

 悔しいけど、憎たらしいぐらい可愛い笑顔で。


「う、うん。全然おーけー」

 デレっと良太が答える。


「私の事も、いのりって呼んでほしいな」


「うん。い、いのり」


「うふふ。嬉しい。りょう君」


「いのり」


 あたしは、良太の首に巻き付けてる両腕に、ぎゅっと力を込めた。


「ぐ、ぐるじい……美惑、美惑」

 と言いながら、腕をタップした。


「あ、ごめん。好きすぎてつい力が入り過ぎちゃった」


「ったくもう、美惑は本当に、かわいいな、ってオイ!」


 なんだかちょっと変な良太だけど、テレカクシね、きっと。


 さて、問題が一つ。


 良太は初めてのキスを、一体誰とするのか?


 両脇を固めている二人も、きっと同じ事を考えているようで、ずっと良太の唇ばかり見ている。

 今にもとろけそうな目で。


 ふふ、残念ながら、良太のファーストキスは、あたしの物よ。

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